ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/896/

ブラジルへ来る船の中で

それで今度はなんじゃね、船の中ではおもちゃを持って・・・買った。おもちゃでブリンカバ(遊んでいた)する。誰も部屋で待ってるものおらんから。他人ばかりじゃからね。それでなんじゃ、一人自分とこから来た人からもかわいがられて。そして船員は船員でね。それで、それぞれ二人で仲良くなったもんだから、船の中ではわしが一人じゃね、えらいご馳走食べてから。そういうふにして(笑)。そういうふにしてブラジル来て、うれしかった。

 

それでお父さん、お母さん別れる時分がね、ちょっと辛かったんじゃけれども。少し歩いたらもうみな忘れてしまった(笑)。


移住 (immigration) 移住 (migration)

日付:

場所: ブラジル

提供: Caminho da memória - 遥かなるみちのり. São Paulo, Brazil: Comissão de Elaboração da História dos 80 Anos de Imigração Japonesa no Brasil, 1998. VHS.

語り手のプロフィール

児玉良一(こだま・りょういち)氏は1895年7月、広島に生まれました。1908年、ブラジルへの初の日本人移民を載せた「笠戸丸」にて、単身ブラジルへ入国しました。契約移民としてやってきたコダマ氏は、モギアナ鉄道線沿いにあるデュモント農園で4年間働き、その後、日本人として初めてブラジルの運転免許を取得。以後、運転手として活躍しました。笠戸丸移民についての知識は豊富で、Presidente Prudente市では「生きた百科事典」として知られていました。広島県人会や地元の文化協会でも活躍していました。 (1998年)

ハルノリ・オダ

事業の拡大(英語)

新一世実業家 (1927-2016年)

ハルノリ・オダ

人生哲学(英語)

新一世実業家 (1927-2016年)

大友 八郎

アメリカで直面した偏見

溶接業を営む新一世(1936年生)

上杉 武夫

渡米を勧めてくれた父(英語)

一世のランドスケープアーキテクト(1940~2016年)

大友 八郎

娘が日本になじめず、再度アメリカ行きを決意

溶接業を営む新一世(1936年生)

高塩 明

ボーディングハウスでの荒れた生活

新一世、居酒屋と割烹のレストラン「本多屋」の社長

トム・ユキ

カリフォルニア州サリナスに移民として渡った家族(英語)

三世のビジネスマン(1935年生)

キシ・バシ

両親は新一世(英語)

音楽家、作曲家、ソングライター(1975年生) 

ミシェル・ヤマシロ

日本人がペルーへ移住した理由 (英語)

ペルー出身の両親を持つ沖縄系アメリカ人

ミツエ・ヤマダ

写真花嫁の集団と一緒にアメリカに渡った母(英語)

帰米二世、詩人、活動家(1923年生)

ミツエ・ヤマダ

日本から到着した母のためにアメリカの洋服を買った父(英語)

帰米二世、詩人、活動家(1923年生)

カズム・ナガヌマ

月に一度入国管理局にチェックインする

クリスタル・シティに収容された日系ペルー人(1942年生)