二つの国の視点から

海外に住む日系人は約300万人、そのうち在米日系人は約100万人といわれる。19世紀後半からはじまった在米日系人はその歴史のなかで、あるときは二国間の関係に翻弄されながらも二つの文化を通して、日系という独自の視点をもつようになった。そうした日本とアメリカの狭間で生きてきた彼らから私たちはなにを学ぶことができるだろうか。彼らが持つ二つの国の視点によって見えてくる、新たな世界観を探る。

*この連載は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 からの転載です。

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スティーブン・オカザキ~太平洋の真ん中に立つ映画監督-その2

>>その1

『ヒロシマ ナガサキ』でもう一人強く印象に残ったのは、谷口稜輝(たにぐち・すみてる)さんだった。証言している最中、突然服を脱いで自分の傷ついた体をカメラの前にさらし始める。谷口さんは16歳のとき、被爆で背中全体が焼けただれ、1年9ヶ月をうつ伏せで過ごした。そのため胸が床ずれをおこして肋骨の部分が浮かび上がり、茶色に変色している。オカザキによれば、谷口さんの突然の行動は全く予定していなかったことだったという。

谷口さんに限らず、オカザキの前で被爆者たちは非常にリラックスして本音を語っているように思える。それはオカザキが25年にわたって彼等と対峙してきたこともあるが、日本人でも白人でもない、彼の中立性が彼らの胸襟を開かせ、本音を引き出すことができるのだろう。

この作品でもう一つ大事な部分は、原爆を投下したエノラゲイの乗組員やロスアラモス原爆研究所に勤務していた4人のアメリカ人の証言である ...

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スティーブン・オカザキ~太平洋の真ん中に立つ映画監督-その1

日系3世のスティーブン・オカザキ(1952~)にとって「ヒロシマ」とは何なのだろうか。2年前の 2007年、彼はヒロシマの被爆者や原爆投下に関わったアメリカの軍人らにインタビューしたドキュメンタリー『ヒロシマ ナガサキ』(原題はWhite Light/Black Rain)を制作した。この年の8月6日にアメリカのケーブルテレビで放映され、日本でも上映された。昨秋、エミー賞を獲得している。

風化している「ヒロシマ」の現状を描きたい

オカザキのヒロシマへの関心は、20代後半に中沢啓一の ...

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宮武東洋~収容所を記録した日系1世の写真家~

収容所にカメラを持ち込み撮影

2009年4月11日から5月22日まで、東京都写真美術館で、すずきじゅんいち監督のドキュメンタリー映画「東洋宮武が覗いた時代」が上映された。

宮武東洋こと宮武東洋男(みやたけ・とよお)は1895年に香川県で生れ、13歳の時に父の呼び寄せで渡米した。1923年にロサンゼルスのリトル東京で東洋写真館を開設し、写真家としての道を歩みはじめた。戦前、ロサンゼルスオリンピックの報道写真を撮ったり、ダンサーの伊藤道雄を撮るなど、日米開戦前にすでに写真家として名声を確立していた。

1942年4月、日米開戦にともない、宮武は、西海岸に住む日本人、日系人、合わせて12万人と共に、全米に10ヵ所あった収容所のうちの一つ、マンザナー収容所に送られる ...

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フィリップ・カン・ゴタンダ~人間の絆を描く劇作家ーその4

>>その3

今回のコラムで私が取り上げたゴタンダの戯曲は、すべて『Fish Head Soup and Other Plays』と『No More Cherry Blossoms(桜の花はもういらない)』という2冊の戯曲集に収められている。後者には、「Sisters Masumoto」や「Natalie Wood is dead」を含めて4つの戯曲が収録されているが ...

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フィリップ・カン・ゴタンダ~人間の絆を描く劇作家ーその3

>>その2

家族関係から民族問題まで、縦横に広がる作品世界

日系1世から3世まで描くゴタンダの戯曲の世界は、年代でいうと、1910年代から現在までをカバーしている。特に年代が特定できない作品もあるが、時代背景と戯曲との組み合わせは以下のようになる。

1910年代 Ballad of Yachiyo
1920年代 A Song for Nisei Fisherman
1940年代 Manzanar: An American Story, Sisters Matsumoto ...

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