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日本文化に夢中:日本の伝統文化を極める“ガイジン”さんに、その魅力を聞くシリーズ

第9回 「人間修練としてのなぎなた」 - アンドレア・ヴィヤスさん

「なぎなた」と聞いて筆者が思い浮かべるのは、武家の女性がなぎなたを手にしている時代劇のワンシーンだ。一般の日本人にとっても、なぎなたは馴染みの薄いものかもしれない。しかし、ここアメリカにも各地になぎなたの道場があり、世界選手権にも出場していると知り驚いた。さっそく、過去の選手権で銀メダルを獲得したアンドレア・ヴィヤスさんに会いに行った。

世界選手権団体女子で銀メダル

アンドレアさんがなぎなたを始めたのは、9年前のこと。ロサンゼルス郊外のコミュニティーカレッジで体育の授業として選択したのがきっかけだった。「生まれ育ったコロラドでは体験できないような、聞き慣れない競技種目としてのなぎなたに興味を引かれた」からだったが、「アメリカでのなぎなたの第一人者」ヘレン中野さん(2009年春アメリカになぎなたを広めた功績を認められ、旭日小綬章を受章)が授業を担当していたことが、その後の人生を変えた。

「まったく何の知識もなかった当時の私から見ても、先生のデモンストレーションには優雅さと威厳が感じられた。自分もぜひやりたいと思ったけれど、見るのとやるのとはまったく別物。一見簡単そうに見える型も自分でやるのは非常に難しかった。これはぜひ続けなければと、私の心に火が点いたの」

そして、熱心に受講するアンドレアさんの姿に心を動かされた中野先生から、カレッジでのコース終了後、キャンパス外の道場にも通うようにと声をかけられた。アンドレアさんにとって、願ってもない誘いだった。

「なぎなたの上げ下ろしに始まり、すべての行程が難しかった分、どんどん引き込まれていったわ。武具を初めて身に付けた時は、気が引き締まる思いだった。ぜひ試合に出たいと思って練習にも力が入るようになったの。性格的に簡単に諦めるタイプではないのが良かったのでしょうね」と振り返るアンドレアさん。

なぎなたの初心者は三級から始まり、一級の次に初段に昇格、五段までの段位が設けられている。三段のアンドレアさんは、2007年には全米代表チームの一員として、世界なぎなた選手権に出場した。選手権では団体女子の部門で、日本チームが金メダル、そしてアンドレアさんが中堅として参加(団体では先鋒、中堅、大将の3名で構成される)したアメリカチームは銀メダルに輝いた。

日系自動車会社に勤務しながら、週に2日、道場で練習に励むアンドレアさん(左)

凛とした真摯な眼差し

1995年に第1回が開かれた世界なぎなた選手権は、その後4年ごとに開催されている。アンドレアさんが出場した4回大会には15カ国が参加。日本が総合優勝、2位が開催国だったベルギー、そして3位がアメリカという成績だった。

「日本と団体戦で対戦した時もプレッシャーは感じなかった。確かに試合前は『私たち、日本を相手に決勝戦を戦うのよ! すごいことじゃない』と興奮したけれど、試合は無心で臨むだけ。だからこそ、世界選手権の前は毎日何時間も練習を続けたのよ」

夢は、自宅になぎなたの道場を作ることだ。「現時点で私も人に教えることはできるけれど、ロサンゼルスには私より数段上の素晴らしい先生がいるので、後進を育成するのは優先順位としてまだ低い。自分自身をなぎなたの求道者としてさらに極めていきたいの。私にとってのなぎなたは、単なる武道ではなく人としての修練だから」

聞けば、現在妊娠5カ月のアンドレアさん、出産後も2011年の第5回世界選手権に向けてすぐに練習を再開させる予定だそうだ。その熱心な練習風景と共に、彼女の凛とした眼差しが強く印象に残った取材だった。

* 本稿はU.S. FrontLine 2009年 10/5号からの転載です。

© 2009 Keiko Fukuda

Naginata sports tradition U.S. FrontLine

About this series

三味線、陶芸、詩吟、武道、着物…その道を極めるアメリカ人たちに、日本文化との出会いと魅力について聞く。(2009年のU.S. FrontLine より転載。)