ヒカルド・ヤマモト

(Ricardo Yamamoto)

ヒカルド・ヤマモト。1974年ブラジル南部ロンドリーナ生まれ。1991年に移民として日本に移住し、フォト・エッセーやポートレートに専念し始める。以来、日本とブラジルで作品を出版しており、東京、サンパウロ、およびニューヨークの数々のギャラリーでも作品を発表している。

ウェブサイト: www.ricardoyamamoto.com

(2009年12月 更新)

 

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期待の子供

日系ブラジル人が日本で労働することができるようにするため、日本は1990年に移民法を改正しました。彼等は来日後、寂しさのあまり、ブラジルから家族を引き寄せ、または日本で家庭を築きました。時が経ち、彼等の子供たちは夢を追いかけ、親と同じく労働者になりました。しかし、移民という事実が彼らの人生にどのような影響を及ぼすのでしょうか?社会はどのように彼等を受け入れ、彼等はどのように社会を受け入れるのでしょうか?

私がブラジル人の若者や子供たちを撮影してから5年が経ちました。写真に収めてきた彼らの画像を眺めていると、今どうしているのか、どこでどのような生活を送っているのか、気になり出しました。日本には慣れているのだろうか?充実した生活を送りながら成長しているのだろうか?

そのような疑問を抱いていた時でした。ブラジル人の日本在住開始から20年たった現在、在日ブラジル人の5人中1人は未成年者だというデータを目にしたのです。そのデータは、日本在住のブラジル人移民の第2世代に対する期待が高まっている状況に理解を与える一方 ...

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AT MID DISTANCE: Japanese-Brazilian models and the Acquired Haafu Status

Brazilian nikkeis and their families began to arrive in Japan massively in the early 90´s pulled by the dream of saving money working here for a few years and, at the same time, pushed out of Brazil because of the Brazilian economic situation back then.

Over the years these temporary workers in Japan, known as Brazilian dekassegui or nikkei burajirujin, became second-class citizens, employed to fill in the gaps of labor force in the Japanese industry and living in Brazilian ethnic enclaves around these industrial areas.

Among so many other examples, this movement is implicitly connected with what we ...

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