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デカセギ・ストーリー

第三十九話(後編) 日本がわたしにくれた物

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その日の午後6時頃に、スミエのお母さんは仕事から戻った。「ただいま!ねぇ、どんなもの買ってきたの?今のベビー服ってカワイイでしょう?」と言いながら、急いでスーパーの買い物をキッチンに置きに行った。

しかし返事がなかった。二階に上がると、スミエがベッドで気を失って倒れていた。

翌日、スミエは病室で目覚めた。お母さんの顔を見ると「ここはどこ?何があったの?」と、不安そうに尋ねた。スミエは気分が悪くなり、横になったところまでしか覚えていなかった。

母親は心配そうに、娘の顔を覗いて手を握りしめた。スミエに流産したことを伝えた。スミエは、深い絶望と悲しみのあまりに、無反応だった。母は何を言っても虚しいだけだと思い、スミエを静かに見守った。想像はしていたが、実際、とても辛かった。

流産は、妊娠初期によく起こることだ。しかもスミエの血圧は高く、一人で帰省するプレッシャーもあったのだろう。医師は、流産したことは、絶対に彼女のせいではないと、家族に説明した。

退院後、スミエは部屋に閉じこもり、ぼんやりと日々を過ごしていた。流産の知らせを聞いた夫のマルコは、慌てて日本から駆け付けたが、スミエは部屋から一歩も出ようとしなかった。「疲れているから、ここにじっとしていたい」と。

結局、スミエの両親とマルコが今後について話し合った。4か月後の2020年3月、マルコが会社から1か月の特別休暇を貰って、スミエを迎えに来ることにした。それまでには、きっと、スミエは元気になっていて、大好きな日本に戻ることができるだろうと、マルコは期待していた。

しかし、2020年に入ると、新型コロナウイルスのニュースが報道されるようになり、当初予定していた3月、マルコはブラジルへ戻れなくなった。

ブラジルでは、皆の間に不安と恐怖が広がった。コロナウイルスへの感染予防のため、スミエはお母さんと実家に残り、お父さんは勤務先に部屋を借り、妹は大学の同級生のアパートにと、家族それぞれが、パンデミックが収まるまで、別々に離れて過ごすことにした。

しかし、隣町に住んでいるスミエのお祖父さんが、コロナに感染してしまい、入院から数日後あっという間に亡くなってしまった。さらに、その直後、お祖母さんも感染して入院し、家族はパニックにおちいった。孫たちは鶴を折り始めた。お祖母さんの回復を祈っての千羽鶴だった。

幸いにも、この折り鶴がダブル効果になった!お祖母さんは、二週間後、無事に退院でき、折り紙に夢中になったスミエは元気を取り戻した。スミエは、折り鶴のビデオを作ってネットで紹介した。家族も協力して作った折り鶴は、施設に寄贈した。

一方、コロナ禍の日本でマルコは、工場の仕事の傍らに、地元の高齢者を訪ねて「思い出のポートレート」を作ってあげた。

月日が経ち、2021年11月末に、スミエも家族もコロナのワクチン接種することができ、ようやくマルコも日本からブラジルへ戻ってくることができた。コロナ禍ゆえに先のことは全く分からないので、暫くはスミエとブラジルで暮らすことにしたのだ。

そしてこの年のクリスマス、二人は家族と共に温かい雰囲気の中ささやかなお祝いをした。マルコとスミエにとっては、初めて家族水入らずのクリスマスだった。というのも、日本でのクリスマスは、いつもスミエの親戚や工場や美容サロンの同僚やデカセギの知り合いで賑い、騒がしいほどだった。家族の絆が強まり、スミエはとても癒された。

年が明け、マルコとスミエは新しい住まいに引っ越した。マルコは生命保険会社に就職した。スミエは自宅で美容院を開業することも考えたが、しばらく様子を見ることにした。オミクロン株のほかにインフルエンザが同時に発生しているので、接客業は危険だと思ったからだ。

暮らしはなんとか順調にはいっているが、二人は再び日本で生活したいと強く願っていた。日本で暮らしている間、二人はいろいろなことに気づかされた。親切さ、思いやり、おもてなしの心など、お金で買えない物をたくさん得ることが出来た。日本に、いつか、恩返ししたい気持ちで一杯だった。

そして、日本へ戻ることが出来たら、家族をを日本へ呼び寄せたいという大きな夢を抱いている。スミエのお父さんは35年務めた会社を退職したばかりで、まだ、バリバリ働けると言っている。スミエの妹の婚約者はオーストラリアでの留学を終え、日本勤務を目指している。マルコのお父さんは、一度でいいから日本を見たいと、その日を楽しみに待っている。

皆の夢が叶うように!

 

© 2022 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi Fiction Japan

このシリーズについて

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。