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日本が誇る魚の食文化 — 鮮度保存の裏技「活〆」普及に駆ける新一世

新一世の横田清一さん(43)は、鮮度と味が断然高い「活〆(いけじめ)」という日本古来の魚の処理法でロサンゼルスの高級レストラン業界に静かなブームを引き起こしている。身寄りもない米国へ単身移住。地道に、かつ、誠実に努力した苦労が、確実に成果を上げている。

ビバリーヒルズにある名シェフ、ウルフギャング・パックの「スパゴ」、ソーテル・ジャパンタウンの代表格「あさねぼう」、サンタモニカの有名イタリアンレストラン「ジオージオ・バルディ」など、超高級レストランが得意客だ。毎週水曜日朝、出身の富山県から直送される「ぶり」を売り物にしている。富山空港から羽田経由でロサンゼルス空港まで、漁獲から約50時間。「日本からの直送としては、最短時間」と自負している。

横田さんは実は、富山県高岡市の魚卸業「横清(よこせ)」の長男坊だ。創業150年余りの老舗の御曹司として、小さいときから帝王教育を受けた。フロリダ州立中央フロリダ大学を中退後、築地魚市場で3年修行した後、8年間、専務として実家で働いた。その間、日本の魚卸業界の将来について先行き不安を強く抱いた。「人口がどんどん減って、小さな、限定されたパイの取り合いになるのは一目瞭然」と考え、両親に海外進出を提案したが、猛反対を受ける。悶々と2年間を過ごし、決心した。「アメリカへ行くぞ」。

2010年6月、富山空港にスーツケース一個を持って現れた横田さんを見送る人の姿は、一人もない。その頃は既に、両親と口も利かず、勘当状態だった。社員からも白けた目で見られていた。渡米後は、その悔しさがバネになった。ニューヨーク、シアトル、サンディエゴ、一人で拠点を探して回った。そして、数か月後、ロスにたどり着き、「ここだ」と思った。

言葉の壁、習慣の違いで最初は、暗中模索の日々だった。移民局へ行って、「社名登録はどこですればいいですか」と聞くなど、今では笑い話だが、当時は藁にも縋る思いで援助してくれそうなところなら、どこへでも出向いた。そして、2011年、資本金20,000ドルで、念願の「ヨコセ・ワールド・エクスポーター社」を設立。翌年、一時帰国して、実弟でその頃、実家の稼業を継いでいた健司さんに「とにかく、最高の魚を送ってくれ」と懇願。まだ、父親には内緒だ。「最初の5-6年は、休みなしで死ぬ気で働く」と決意。レストラン評価サイトの「イェルプ(Yelp)」でドル印が多く付いている高級な寿司店や日本食店を中心に、富山県直送の活〆鮮魚のサンプルを持って、一日14時間、30件のお店を巡った。見も知らないお店の戸を叩いて、「使ってみてください。お願いします」と一件一件、丁寧に頼み歩いた。活〆処理をすることで鮮度が抜群に上がることを熱弁した。「最初は、半分売れれば御の字。三分の一しか売れない日もありました」と横田さんは告白する。苦労が実り、業績は順調に拡大。2016年には、中古の保冷車を購入。社員も一人雇用した。

保冷トラックと社員と一緒に

その社員はニューポートビーチ出身の日系人で、サンタバーバラから地元の港に来る漁師の中から信頼できる人を探してきてくれた。転機到来だ。富山産のぶりに加え、サンタバーバラ産の銀だら、きんき、うに、アワビ、牡丹エビなども販売できるようになった。ニューポートビーチの港で鮮魚を受け取り、その場で、活〆の処理をする。

顧客の一人、スパゴの料理長でやはり新一世の矢作哲郎さん(41)は、「横田さんの魚は、本当に新鮮で、他と比べ物にならない。価格は高いけど、横田さんを応援したいから、できるだけメニューに加えるようにしている」と話す。横田さんの活〆は、魚の首部分を半分ほど切って、血を抜く方法。魚の背骨に細い針を通して神経を破壊する神経〆も得意だ。米では、氷で魚を死なせるだけだから血抜きをしない。だから、腐りやすい。活〆をしない場合、漁獲から2日以内に調理することが必要だが、活〆の場合は、5日間は鮮度が保てる。

スパゴの矢作哲郎料理長へ富山県直送のぶりを配達

ロスでの基盤が軌道に乗ったことを追い風に、他州への販路拡大も始めた。年初、海から遠いミネソタ州ミネアポリスへ出張した。創業当初と同じように、イェルプのドル印で高級レストラン10件を探し、サンタバーバラ産の活〆魚をサンプルに行商に出た。来月には、ユタ州へも足を延ばす計画だ。どこから聞きつけたのか、アリゾナ州フェニックスの高級レストラン「ビンクリーズ」から3月上旬、突然、注文の電話が入った。「築地と実家で培った活〆の技術は、世界で通用する」。そう信じて渡米した。それを実証しつつある。2018年度の年商は、300,000ドルに達した。2年前の二倍だ。

両親とは、ロスの経営が黒字に転じた2013年ごろに和解した。今では、実家「横清」のホームページでも横田さんの米での活躍が誇らかに紹介されている。今年秋、7年ぶりに帰国する。「故郷に錦が飾れる」と思う。

ロスで会社を設立した時に、心に誓った。「これまで恨んできた人たちの言動をすべて水に流し、次に会う時は、笑顔で会おう。成功したら、社員が心から喜んでくれるような社長になろう」。横田さんは、この地に骨をうずめる覚悟だ。「第二の故郷ロスを拠点に、日本で江戸時代から受け継がれている活〆を広めたい。全米だけでなく、世界に」。

 

© 2019 Makiko Nakasone

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