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アマゾンの日系社会

第9回 高拓生の熱き思いはいつまでも

JICAボランティアの任務が終わった。帰国前は数か月間、活動終了に向けて追い込みをかけるようにあちらこちらの学校を巡回した。帰国してからは諸々の手続きやら就職活動やらに追われ、3か月が過ぎた今、ようやく落ち着きを取り戻した。最後に寄稿してからだいぶん時間がたったが、任期中、「書きたい」とずっと思っていたことがある。「アマゾンの日系社会」と題する本コラム、それを語る上で忘れてはならないことである。幸い、任期後も執筆を続けることを許していただけたので、今回はぜひそのテーマについてお話したい。

「安井さん、『宇宙』はどうですか。ご主人もお喜びになるんじゃないですか。」

「あら!それ、いいわ!それにします!」

満面の笑顔で半紙に向かわれる姿は、とても微笑ましかった。高拓生第4回生安井宇宙さんの妻信子さん(83歳)は、私が講師をさせていただいていた書道教室の生徒さん。文化祭で展示する作品の字を何にするか決めるときに、私のアイディアを採用してくださった。普段ご主人のことはあまりお話にならないが、このときの様子から、ご主人への愛情の深さが窺えた。

「高拓生」、任期中に何度も聞いた言葉だ。「高拓」とは「国士舘高等拓殖学校(後に『日本高等拓殖学校』と改名)」で、アマゾンの開拓を目的に1年間日本で学んだ後に移住した学生を「高拓生」と呼ぶ。学校は、1930年に当時の衆議院議員だった上塚司によって設立された。彼は、1908年に笠戸丸でブラジルに渡った第一回移民とともに渡伯した、皇国殖民会社代理人上塚周平の甥である。上塚周平は、日本人のブラジル入植の道を切り開いた「ブラジル移民の父」こと水野龍の右腕と言われている。

アマゾン開拓の指導者になるべく、上塚司の指導のもとに学んだ最初の卒業生47名は、1931年6月に、アマゾナス州パリンチンス市近くにあるヴィラ・アマゾニアに到着した。主な活動はジュート栽培だった。ブラジルはそのころのコーヒーの世界シェアの80〜90%を占めていたが、豆を輸出するときに使用する麻袋の原料であるジュートは100%インドからの輸入に頼っていた。次の年からも毎年卒業生は送られ、1937年までに248名が入植し、活動も順調に進んだ。高拓生によるジュート栽培は、ブラジルのアマゾンにおいて大きな成果をもたらした。

中流家庭以上の出身子弟が多く優秀な人材が集まっていたようだが、虫が大量発生したり植物の葉で覆ったような所で暮らしたりするアマゾン生活の辛苦に耐えられず、帰国したりサンパウロへ移ったりする人もいたと言う。しかし、たどり着いたアマゾンにずっと住み続けた人も少なくない。結婚して家庭を築き、さらなる成功を収めた人もいる。

昨年、高拓生入植85周年を記念して、任地パラー州ベレン市で式典が行われた。パラー高拓会の小野重善会長をはじめ関係者約50名が参加、神前で追悼の意を捧げて故人を偲んだ。現在、生存する方はいらっしゃらないが、第2回生小林増美さんの妻淳子さん(98歳)や前述した安井信子さんなど、高拓生について詳しくご存知の方は、歴史を語り継ぐ上で貴重な存在だろう。また、高拓生の遺族であることに今なお誇りを持っておられることを、間近に見て感じることができた。

高拓生入植85周年記念式典。小林淳子さん(右から2人目)、安井信子さん(右)(筆者撮影)

同じ席に数人の孫世代がおられたことも、高拓生の思いを後世に受け継ぎ未来へつなげていこうとする遺族の方々の気持ちの表れであるように感じられた。その中の一人で、第4回生山崎たろうさんの孫であり、ベレン日本語学校校長の山崎ゆうじさん(27歳)は、「僕は日本語がわからないが、自分の中に日本人の魂が宿っていることを誇りに思う。今回、校長をすることになって少し戸惑っているところはあるが、これは祖父がつなげてくれた縁。一生懸命がんばりたい。」と、熱く語ってくださった。お会いするといつも学校のことを話してこられ、熱心に取り組まれる真面目な方だ。夢と希望を胸にアマゾンへ渡り、汗にまみれて荒地を切り開くエネルギーでいっぱいだった青年は、自分の血を引いた孫の成長を、きっと喜んでおられるに違いない。彼らの思いがずっと伝え継がれていくことを心から願ってやまない。

 

© 2017 Asako Sakamoto

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このシリーズについて

ボランティアの目から見たアマゾンの日系社会について、一世、日系人、日系社会、文化、日本語、いろいろな角度から語るジャーナル。日々の活動を通して感じたこと、日系社会の歴史と現状、等々をお伝えします。