Discover Nikkei

https://www.discovernikkei.org/en/journal/2013/7/24/4955/

第十二話(前編) 居場所のない子どもたち

サヤカは学校の教師を25年間勤めた後、退職した。これで、やっとのんびりできる時間が持てると思った。

しかし、夫はまだ現役を続け、あと10年は働きたいと言う。だから、自分だけのんびりする訳にはいかないと思い直し、何かすることを探し始めた。

ちょうどその時、兄の子ども2人が日本に再びデカセギとして行くことを知った。2人とも日本で2年間働き、ブラジルに戻って来たものの、仕事が見つからず、「これでは、日本で暮らす方がよっぽどいい」と、再びデカセギを決心した。

サヤカは不思議だと思った。姪たちはまだ若いし、ブラジルの大学を卒業しているのに、仕事がなく、自分の国で働けないということに納得できなかった。いろいろ考えるうちに、はっと気が付いた「だったら、52歳の私にもチャンスがあるかも!」早速、姪たちと話し合い、家族とも相談した。

「でも、1年経ったら、必ず帰って来いよ」と夫に言われ、1人息子も応援してくれた。その代わり、2人とも、お土産をたくさん、しっかりとせがんだ。

さて、初めて日本に来たサヤカだったが、思ったよりも早く生活に慣れることができた。仕事は精密機械工場での部品検査だった。住まいはそこから20分で歩いて通えるブラジル人が多い団地だった。

半年が経ち、夏が来た。ある日曜日の朝、サヤカは2人の同僚と公園に出かけた。そこでは子どもが大勢遊んでいた。

「子どもっていいなぁ。こんな蒸し暑い日でも元気よく遊んでいる。うらやましいわ」と言うと、まだ20代のレナが「それは、サヤカさんがもうオバサンだから、違うのよ」と。

すると、サヤカと同年代のカズミが「アンタ1って、旦那いるんでしょう。だったら、なんでこんな遠くに働きに来たの?私のような独り者は別だけど」と、突っ込みを入れた。

その時、滑り台で1人の男の子がわーわーと泣き出した。すると、その子の母親らしき人がベンチから立ち上がり、男の子の側にいた2人の女の子を怒鳴りつけた。大きい方の女の子は、さっと逃げたが、小さい方の子はビクともせず立っていた。女性はかっとなって、その子に手を上げようとした。

もうそれ以上、見ていられなくなって、サヤカは駆けつけ、女の子の手を引いて女性に頭を下げた。

「うちの子を泣かせたりして、なんて躾の悪い子どもなの!」と。

サヤカは頭を下げたまま、何にも言わなかった。その後、女の子はサヤカに言った「Vamo bincá?」

サヤカは驚いた。女の子がポルトガル語で「遊ぼう」と誘ったのだ。

泣いていた男の子は上機嫌で母親に近づいて何かをねだった。女性は困った顔をして、後ろを振り向きながら、ぶつぶつ言いながらそこを去って行った。

女の子は4歳ぐらいで、名前はタータと自分で言った。サヤカの手をしっかり握って、しゃべり出した。しかし、サヤカは全然分からなかった。「ポルトガル語でもないし、日本語でもないなぁ」と、不思議だった。

何度も、周りを見回したが、女の子の母親らしき人とか保護者らしき人の気配はなかった。

すると、女の子はあっと声をあげた。向こうから急いで歩いて来る若い女性を目をキラキラさせながら迎えた。

女性はサヤカの前に立ち、黙ったまま頭を下げた。サヤカはすぐにブラジルの人だと思った。日本の人と会話ができないデカセギは頭をぺこぺこ下げながら黙っているのが常だ。サヤカ自身もそうだった。「Você que é a mãe dela?(この子のお母さんですか?)」と聞いた。

若い女性はポルトガル語を聞き、ほっとしたように言った「よかった。また迷子になったのかと、探し回っていたんですよ。タリータちゃんはすぐ居なくなるんだから」

「もしかして、お買い物に一緒に連れて行ったのですか?」

「いいえ、この子は保育園から居なくなったんですよ。これで3回目かなぁ。人手が足りないので、ちょっとでも目を離すと、タリータちゃんは外に出てしまうのです。さぁ、帰りましょう」

女性は女の子の服装を確かめ、片方の靴を履いていないのに気付き「早く探して来なさい」と。女の子は素直に滑り台まで行って、靴を見つけ、ちゃんと履いて戻って来た。

「あのぉ、その保育園は近くですか?」

「そうですね。ここをまっすぐ行くと、赤い屋根のパン屋さんがあります。その裏に林があって、そこを通り過ぎると見えます。古い工場の跡です。看板に「Criança Feliz」と書いてあります。小さなブラジル人学校なんです。では、失礼します」

女性はしっかりと女の子の手を握って、道路の方向に歩き始めた。その時、女の子は女性の手を振りほどき、サヤカの方に走って来た。そして、サヤカにハグをした。

サヤカは感動した。女の子の温もりに癒された。

そして、女の子は走って女性が待っている方に戻った。

「またいつか会えるといいねぇ。チャオ2、タリータちゃん」

月日が経ち、サヤカはあの「Criança Feliz」というブラジル人学校を一度訪ねてみたいと思っていた。そこは、ブラジルの学校より、きっと、きちんとしているのだろう、と期待しながら。

後編 >>

注釈

1. 「アンタ」は日系人の会話の中によく出てくる言葉
2. バイバイ

 

© 2013 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction foreign workers Nikkei in Japan
About this series

In 1988, I read a news article about dekasegi and had an idea: "This might be a good subject for a novel." But I never imagined that I would end up becoming the author of this novel...

In 1990, I finished my first novel, and in the final scene, the protagonist Kimiko goes to Japan to work as a dekasegi worker. 11 years later, when I was asked to write a short story, I again chose the theme of dekasegi. Then, in 2008, I had my own dekasegi experience, and it left me with a lot of questions. "What is dekasegi?" "Where do dekasegi workers belong?"

I realized that the world of dekasegi is very complicated.

Through this series, I hope to think about these questions together.

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About the Author

Born in São Paulo, Brazil in 1947. Worked in the field of education until 2009. Since then, she has dedicated herself exclusively to literature, writing essays, short stories and novels, all from a Nikkei point of view.

She grew up listening to Japanese children's stories told by her mother. As a teenager, she read the monthly issue of Shojo Kurabu, a youth magazine for girls imported from Japan. She watched almost all of Ozu's films, developing a great admiration for Japanese culture all her life.


Updated May 2023

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