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通訳現場の異文化の駆け引き−軸になる母語が重要

日本の日系ラティーノコミュニティーの中でもペルーで生まれ、幼い頃来日して日本の学校で教育を受け、家庭でスペイン語使用している場合、その親は「家の息子/娘はバイリンガルで両言語(スペイン語と日本語)は完璧だ」という。

私の母語はその同じスペイン語であるが、アルゼンチンのスペイン語で南米諸国の中でもかなりクセがある。イタリア人移民等の影響でかなり独特な表現も多く、日常会話の俗語は地元の人間でなければ把握できないものも多い。同じスペイン語圏の国々にも当然ながらそれぞれの地域性があり、日常会話にはかなりユニークな表現がある。ただ、この文化圏の二十数カ国ではある程度表記や表現が統一されており、問題なくコミュニケーションがはかれる。   

この共通母語スペイン語によって、私は通訳として1992年頃から日本で活動している。英語ほどではなくとも、かなり広い地域から来るビジネスマンや政府高官、識者や専門家等のアテンドを仕事にしている。渉外法務関係の翻訳業務もしている。そこで扱われる専門的な用語と内容は、日本の大学で日本語で学び、そのあと母語であるスペイン語で表現できるようにと専門文献を取り寄せて勉強し、訓練した。今は法廷通訳としても、刑事事件や民事事件、家事事件において依頼者である裁判所、企業、個人のニーズに対応できるようになった。  

NHK 衛星放送スペイン国営テレビTVEのニュースを逐次通訳。スペインだけではなく、EUや中南米の情勢を常に把握していなくてはならない。また、把握できるだけの知識と教養が欠かせない通訳業務である。

そもそも、日本語の勉強は、地元アルゼンチンの義務教育を受けながら日系人コミュニティーの「日本語学校」で国語の教科書のみで6年間勉強したのが始まりである。そのあと中学高校は独学で日本の新聞・雑誌の記事等を参考に漢字をマスターしたぐらいで、本格的に日本語の読解や文書の書き方を学んだのは、日本に留学してからである(筑波大学の留学生用日本語講座)。来日して20年になるが、はじめはすべてのことをスペイン語でイメージしてしまい、西和・和西辞典なしにはとても不安で自分の考えや伝えたいことをきちんと表現できない状態だった。新聞や週刊誌、そして専門文献は到底読めるなかった。多少読めても内容を理解するにはあまりにも時間がかかった。しかし日本語が一定のレベルに到達し、漢字能力がアップすると、今度は国語辞典を使うようになり、常にポケットサイズの辞書を携帯するようになった(今は電子辞書)。それ以来、私の日本語は飛躍的に伸び、日本人ともきちんと「日本人らしく、日本人にも信頼される日本語」で意思疎通ができるようになった。来日してから八年目ぐらいのことであった。   

今は日本語でものを考えるようになり、文書でもかなり表現できるようになった。ちょっとした記事や原稿も書けるようになった。2005年9月には、念願だったアルゼンチンに関する本を出すことができ、とても充実した一時を得た (『アルゼンチンを知るための五四章』明石書店、2007年に重版)。

通訳の現場は、異なった言葉を取り扱うだけではなく日本人とは全く違う文化体系や価値観の人たちが接触する場である。ビジネスや政策の行方が関わってくるときは利害の対立も激しい。間に立つ通訳者は駆け引きの狭間で二つの言語をきちんと誠実に伝える責任を背負う。通訳が日本人であるか私のような外国人であるかにかかわらず、ラテン諸国から来るしたたかな人々は、交渉が自分たちにかなり不利な状況だと分かっていても、時にはギリギリまで通訳の同情を買うような振りをして有利な環境を作ろうとする。だからこそ、通訳は語学の実力だけではなく、自分の信念やポリシーを持ち、ホスト国である日本と相手国の歴史や政治・経済・社会について相当の知識を身につけ、そうした諸条件を持っていることも必要となる。当事者に「表現」する力とエネルギーが必要なのだ。容疑事実や責任を追及する裁判所ではなおさらである。  

ここでやはり重要なのは、自分の母語をしっかりもつことと、その母語によって得た知識や教養である。そして物事の本質を見通す判断力が勝負を決める。一般の日本人が好む「通訳のハウツーや単語集の暗記」では意味がないのである。多少は役に立つが、相手にすぐ見抜かれる。私の場合母語であるスペイン語が軸になっているが、10数年前ぐらいからは日本語で情報収集し、日本語で知識を身につけるようになったことで表現力も大幅にアップした。大学院での教育と研究が大いに役立ったことは言うまでもない(横浜国立大学大学院国際経済法研究科)。日本人の場合、母語である日本語をしっかり身につけ、歴史や社会の特徴を外国人が納得できるような論理で明確に伝えられる条件を整えれば、立派な通訳コニュニケータになる。

私も日本が生活と仕事の拠点である以上、やはりメイン言語が日本語になってきており、今度は逆にスペイン語のレベル低下を防ぐためにマドリードやブエノスアイレスの書店から小説や専門書を取り寄せて読んでいる。それでもまだ完全なバイリンガルではないと思っている。安易に「バイリンガル」というのは危険であり、軸になる母語と教養を120%、通訳の対象になる言語もそれ以上にマスターせねば駆け引きの世界では信頼されないのである。

* 大修館書店 月刊「言語」2006年7月号 Vol.35.No7に掲載されたコラムを加筆した。

© 2006 Alberto J. Matsumoto

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