Laura Honda-Hasegawa

Laura Honda-Hasegawa nació en São Paulo, Brasil en 1947. Trabajó en el área educativa hasta el 2009. Desde entonces se ha dedicado exclusivamente a escribir, lo cual es su gran pasión. Ella escribe crónicas, historias cortas, poemas y novelas, todos bajo una perspectiva nikkei.

Última actualización en septiembre de 2018

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デカセギ・ストーリー

第三十一話 ユウジは偉い!

ユウジと僕は幼なじみ。小さい頃からずっと一緒で、家も近かった。学校帰りに2人で道草を食い、家に帰ってよく叱られたもんだ。

小学校は一緒だったが、中学生になると僕は私立校へ通うことになった。日本へ出稼ぎに行っていた父の仕送りのおかげで生活は安定し、僕と妹は私立校へ通い、母はパートの仕事をしなくてもよくなった。

学校は違っても、週末には、必ず、ユウジと一緒にサッカーをしたり、流行っていたゲームをやったり、アニメを見たりした。

しかし、それも束の間だった。ある日、学校から帰ると、ユウジは部屋の中で倒れているお父さんを見つけた。お母さんは、まだ仕事先で、2人の兄も夜学に通っていたので帰りは遅く、誰も家にはいなかった。

ユウジは、すぐに近所のパン屋に助けを求め、お父さんは病院に運ばれたが、間に合わなかった。お父さんは51才の若さでこの世を去った。末っ子のユウジにとっては、とても大きなショックだった。

週末、僕はユウジの家を何回か訪ねたけど、ユウジはいつも留守だった。朝は八百屋でアルバイト、昼からはスーパーで、お客さんが買った品物をレジ袋に入れるのを手伝った。ユウジの生活は大変だと僕は思った。

中学校を卒業すると、僕は、そのまま私立高校へ進学。それが当たり前だと思っていた。父が日本で稼いでくれ、家族が楽な生活を出来ることが。

ユウジも高校へ進んだが、仕事をするために夜学へ行くしかなかった。僕はそれを知ったとき、彼のために何かしたかった。話によると、夜学の勉強は「ゆるい」という評判だった。でも、ユウジは、薬局で働きながら頑張って勉強を続けた。

高3になると、受験勉強のため、ユウジとはめったに会えなくなった。僕は第一希望のサンパウロ総合大学には入れなかったが、パラナ州立大学へ入学して、サンパウロを離れた。

ユウジは夜間高校を卒業後、それまでに自ら働いてためたお金で塾へ行き、大学進学を目指した。翌年には、サンパウロの私立大学へ入学した。僕は大学へ通いながら、親のすねを齧ってのんびりと過ごしていた。そのうち、地元の女性と知り合い、結婚して、すぐに子供が産まれた。そのため、大学を中退して働き始めた。

ちょうど同じ頃、ユウジは仕事を失い、大学を休学して日本へ働きに行くことに決めた。

それを知り、僕も日本へ行こうと思った。ユウジは応援してくれて、日本語の教科書を送ってくれ、いろいろな情報をくれたが、家族に猛反対された。「絶対にひとりでは行かせないから。私を連れて行っても、言葉も分からないし、ひとりで子供の面倒は見れないわ。私は、一緒に行くつもりはないわよ」。

結局僕は、日本へは行かなかったが、ユウジは日本で本当に頑張った。偉い!尊敬するよ!

最初の2年間は、日本語の勉強を続けながら、群馬県伊勢崎市の工場で働き、地域の少年サッカーチームのコーチを務めた。

群馬の後は、2年間沖縄で働いた。子供の頃から海が好きだったユウジは、お父さんが亡くなってから、そのようなレジャーの余裕は無くなっていた。せっかく日本へ来たのだから、海のそばで暮らしたいと、美しい石垣島のホテルで働くことにした。その頃のフェイスブックにアップされたユウジの写真は、どれも沖縄の太陽や海より輝いて見えた!ユウジはすごいと僕は思った。知らない土地でいろいろな経験をしながら、自信をつけて前に進んでいる。

そして今、ユウジはオーストラリアのシドニーで働きながら英語を勉強している。夢はブラジルに戻って、お母さんに家を建てて、働きながらもう一度大学で勉強することなのだ。

ユウジなら、きっと夢を叶えると思う。ユウジは偉いから!

 

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デカセギ・ストーリー

第三十話(後編) ジョアナの大冒険

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生まれ育った農村から一度も離れたことがなかったジョアナは、49歳の時、娘のルイーザがサンパウロの看護学校に通うことになり、落ち着くまでの間、サンパウロに一緒に住んだ。

郊外に小さな家を借りて、満員のバスで通勤した。娘のためにと、慣れていないことにもいろいろと挑戦した。田舎とは全く違う都会の生活は、ジョアナにとって大冒険だった。

半年後、ルイーザは二人の先輩と同居するようになった。ジョアナは自分の役割は果たしたと、安心して田舎に戻り、再び畑仕事と家事の生活に戻った。

ルイーザは、看護学校卒業が近づいた頃、紹介したい人がいると、実家へ戻ってきた。一緒に来た男性はタケシタ・ノブで、ルイーザと同居していたカオリの兄であった。

ノブは、10年前から日本で暮らしていた。日本の大泉町にある自動車工場で働き、デカセギのサッカーチームを作り、日本で充実した生活を送っていた。親戚の結婚式に招かれ、ブラジルに2年ぶりに戻って来たとき、二人は出会った。お互いに一目ぼれだった。「ルイーザさんと付き合ってもよろしいですか?宜しくお願いします!」と、ノブは頭を下げた。

ジョアナと夫は、突然のことに驚いた。娘に好きな人が出来たことは嬉しかったが、相手は遥か遠い日本で暮らす人。いつか、大事な娘が遠くへ行ってしまうかもしれないと思うと・・・

しかし、ルイーザとノブの嬉しそうな笑顔を見て、結局、家族は喜んで二人を受け入れた。

ノブはまもなく日本へ戻り、二人はメールや携帯で連絡し合っていた。

翌年、二人はルイーザの生まれ育った農村で結婚式を挙げた。

一年後、ルイーザが電話でよいニュースを知らせてくれた。今妊娠二ヶ月で、多くのブラジル人とは違って、出産は日本でするという。

一家は相談し、母のジョアナを日本へ送ることに決めた。初めての大都会サンパウロでルイーザの生活を見事にサポートできたように、言葉の通じない大泉町でも、ルイーザの出産前後のサポートをしっかりできるだろうと、皆は信じていた。ジョアナも、この役目を引き受けることにした。そしてジョアナの二度目の冒険が始まった。

初めて見た大泉町には、ジョアナの目を引く商店や飲食店がたくさんあった。不思議なことに、初めて目にする物ばかりではなかった。黄色と緑色の派手な外観の店があちらこちらに見られ、ブラジルの国旗がいたるところに揚げられ、ポルトガル語の看板を幾つか目にした。「ここ、ブラジル?日本?」と、ドキドキわくわくしながら街を歩いた。

娘夫婦のアパートに住み込みを始めたジョアナは、リビングを仕切ったベランダ側の空間で生活をした。ジョアナは、ベランダには洗濯物がいつも干してあるのをみて、「おかしいなぁ」と思った。なぜなら、ブラジルでは洗濯物は奥の庭に干して、ベランダは花や植木鉢を置く場所だから。洗濯する「タンキ1」がないのも不思議だった。でも、玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えることは、とてもいい習慣だと思った。

ルイーザは無事に元気な男の子を産み、クリスティアーノ・ヨシオと名づけた。ノブは日本の名前はいらないと言ったが、ルイーザの希望で義父の日本の名前を付けた。

最初、ジョアナはいろいろと手伝ったが、娘は思ったよりも早く赤ちゃんの世話をするのに慣れた。しばらくして、娘の勧めで一人で外出するようになった。八百屋やパン屋、スーパーへ行って日本人の主婦に話しかけたり、料理教室にも通った。とても楽しかった。

ある日、同じ料理教室に通う森すみれさんが「家に来ない?久しぶりにお菓子を作ったの」と、ジョアナを誘ってくれた。

初めて日本人の家にお邪魔したジョアナは、そこで「カステラ」を口にした。彼女の人生を変えた瞬間だった!

カステラのふんわりしっとりした食感に魅せられたジョアンは、さっそく森さんに作り方を教えてもらった。何度も家で試し、近所に振舞った。すると、注文を受けるようになった。

「ジョアナのカステラ」は評判が良く、ブラジル食品店のオーナーは店のスペースを提供してくれようとした。ジョアナはありがたかったが、お断りした。

なぜなら、来日してから2ヵ月半が経ち、そろそろブラジルに帰ろうと思っていたからだ。夫や息子夫婦、年老いた父親と孫達、皆に会いたかった。そして日本の良さを伝えたかった。

娘はとても残念がり、夫と休暇を取って一緒に旅行することを提案してくれた。しかし、ジョアナは言った「あなたたちにはとても良くしてもらって、これで十分だわ。ルイーザ、私の娘に生まれてきてくれてありがとう。優しい思いやりのある旦那さんを選んでくれてありがとう。そして元気な赤ちゃんを産んでくれてありがとう。神様に感謝しています。お陰さまで、沢山の素晴らしいことを見させてもらって幸せよ。日本は最高だわ!日本の人も大好き!」

ジョアナは感涙した。と、そのとき、アイディアがひらめいた!「そうだ!!ブラジルで店を持とう。『CASTELA DA JOANA2』ってどう?」

行動力のあるジョアナのことだから、きっと実現させるに違いないと皆は思った。今から期待している。

注釈:

1. 洗濯用の流し

2. 『ジョアナのカステラ』

 

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デカセギ・ストーリー

第三十話(前編) ジョアナの大冒険

子供の頃からジョアナは働き者だった。朝早くに両親と兄3人で畑へ出かけ、11時半に家に戻り、2人の弟と昼飯を食べてから学校へ一緒に通った。

あと3ヶ月で小学校を卒業するという時、母親が重い病気を患った。ジョアナは看病しながら、母親の分の畑仕事もしなければならなくなった。そのため、学校には行けなくなったが、家族のためだと思い、懸命に畑仕事と家事をこなした。

18歳になると隣村の農家に嫁ぎ、すぐに3人の子供に恵まれた。午前中は義母に子供を預け、義父と夫と一緒に畑へ出かけ、午後にはひと足先に家に戻って、子供の面倒を見ながら家事をするのが日課だった。

三男が8歳の時、待ち望んでいた女の子が生まれた。家族は大喜び。長男と次男と三男の名前は夫が選んだが、長女の名前は、ジョアナが選びたいと主張。「私が学校に行けなくなった後、担任の先生が時々家に来て、勉強などいろいろと教えてくれ、私を励ましてくれた。先生にもらった本は今でも大切にしているの。娘もあの先生のように優しい思いやりのある人になって欲しいから、先生の名前が付けたいわ」。「その先生の名前は?」と聞かれると、「ルイーザよ!」と言うことで、赤ちゃんの名前が決まった。

ルイーザはすくすくと育った。小学校から常に成績がとても良かった。高校を卒業する直前になり、看護師になりたいという。両親はとても悩んだ。「看護師になりたいなら、やっぱりサンパウロに行かないと・・・でも、サンパウロに親戚も知り合いもいないし、一人娘をひとりでは絶対に行かせられない」。

都会暮らしに憧れていた次男のジョズェが「僕が一緒にサンパウロに行くよ!ルイーザの面倒は僕がちゃんと見る」。「ジョズェ、なにを言ってるんだ!畑仕事は誰がやるんだ? サンパウロへ出てギターのレッスンをしたいだけだろう?」 

「私が行く!」と、ジョアナが突然宣言した。

「えっ!マエン1はサンパウロに行ったことないでしょう?それにサンパウロのニュースをテレビで見るたび『サンパウロって交通事故とか銀行強盗とか殺人事件ばかりで怖い、行きたくない』と言っていたのに・・・本当に大丈夫なの?」と、ルイーザはびっくりして言った。「でもそうなると、家事は誰がするんだ?」家族は皆不安一杯になった。

「大丈夫ですよ。私はルイーザとサンパウロへ行って、住む場所を見つけて、ルイーザの生活が落ち着いたらすぐ戻って来ますよ!」

夫と息子たちは少し心配だったが納得し、2人を温かく見送った。

ジョアナの娘とのサンパウロでの生活は慌しく始まった。朝5時に起きてふたり分のお弁当を作り、ふたりでバス停まで20分かけて歩いていった。バスを降りるとルイーザはそこから地下鉄に乗り換えて学校へ、ジョアナはさらに15分歩いて小さなハンドバッグ工場で午後5時まで働いた。そして5時半にバス停で落ち合い、ふたりは一緒に家に帰っていた。

このルーチンは約半年続いた。7月の冬休みにルイーザは学校の近くに引越し、同じ看護学校に通う先輩の日系人アケミとカオリが住んでいるアパートに同居を始めた。

最初、ジョアナはとても変な感じがした。今まで暮らしてきた地域には東洋人はほとんどいなかったからだ。東洋人と接する機会がなく、子供たちのクラスメートにも東洋人は一人もいなかった。

アケミとカオリはいとこ同士でブラジル生まれ、祖父母が日本からの移民だ。アケミはとても明るくてしっかり者、カオリは手先が器用で、会って間もなくしてルイーザにマフラーを編んでくれた。二人にルイーザは妹のように可愛がられていたので、ジョアナはこれで心配ないと思った。

ルイーザが同居を始めてから2週間後、ジョアナは安心して家へ戻った。

夫と息子達は大歓迎!何ヶ月も主婦が留守だった家は散らかり放題だったが、ジョアナは気にかけず、家庭のありがたさを深く感じた。

その日の夕方に近所の知り合いがジョアナの観た「初めてのサンパウロ」の話を楽しみにして集まった。

話がどんどん弾んだ頃、ジョアナは急に思い出して、部屋の奥から重たいスーツケースを持って来て、みんなの前で開けた。すると、無数の小物があふれ出てきた。カラフルなボウルやマグカップ、5本指ソックス、ミラー、ミニほうき付きちりとり、マニキュア、キャンディ、カッター、ハンドミキサー、カレールー、スポンジ、ハンガー、小皿、デコレーションテープなどなど。

「サンパウロにしかない日本の100円ショップで買って来たの!」と、ジョアナはお菓子袋を一人ひとりに配った。

娘に日系人の友達が出来たことにより、ジョアナの2度目の冒険が始まるのだ。

後編 >>

注釈

1. お母さん

 

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Nikkei Chronicles #7—Nikkei Roots: Digging into Our Cultural Heritage

A música japonesa e eu

Quando eu tinha meus oito anos, frequentei por algum tempo a escola de língua japonesa e a única lembrança que tenho dela é o Gakugei-kai, quando os alunos apresentavam números musicais e peças de teatro para uma pequena plateia de pais e professores. Sempre cabia à menina mais graciosa da turma o cobiçado papel de princesa da história e quem tinha talento musical cantava as tradicionais cantigas infantis.

Eu nunca fui escolhida para ser a princesa nem tinha jeito para cantar, mas havia uma cantiga que gostava muito – “Mikan no hana saku oka” – e eu comecei a …

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デカセギ・ストーリー

第二十九話 デカセギの歌

エリックとエミリーは双子の兄妹。5歳のときに両親が離婚し、父親がふたりを引き取った。その2年後、父親が日本へ働きに行くことになり、父方の祖父母がブラジルでふたりの面倒を見ることになった。

祖父は日本食品店、祖母は美容室をそれぞれ営んでいたので忙しかったが、エリックとエミリーは愛情たっぷりに育てられた。

日系二世の祖父母は日本の歌が得意で、エリックとエミリーは小さい頃から日本の童謡や歌謡曲を歌っていた。

エミリーは地元のちびっ子のど自慢大会に出たこともあったが、エリックの方は、本番になると動けなくなるほどパニック状態になってしまうので、人前で歌うのは無理だった。

ふたりは、毎年、父親が休暇を取ってブラジルに戻って来るのを楽しみに待っていた。小学生の頃は、日本のおもちゃとか色鉛筆とかゲームを貰うのが楽しみだったが、中学生になるとお土産より父親と一緒に出かけるのを楽しみにしていた。

積極的なエミリーは父親に「ショッピングへ行こう」と言って、洋服やアクセサリーをたくさん買ってもらい、大好きなスイーツを食べて大満足だった。

シャイなエリックは、自分の意志をはっきりと伝えられず、ふたりに付いて行くだけだった。もちろん、妹と同じように洋服を買ってもらいはしたが、エリックは他に父親と一緒にやりたいことがあった。祖母はそれに気付いて「明日は動物園に行こうね!エリックが楽しみにしているから。美味しいお弁当を作ってあげるよ」

「やった!さすがバアチャンだ。僕のことを分かっているのは!」エリックは大喜びだった。

残念ながら、翌日は雨だった。その翌日も。結局、動物園には行けなかった。父親は家でのんびりとテレビ見たり、集まってくれた親戚と話したりして、十日間の休暇はあっという間に終わってしまった。

父親が日本へ戻ってから、エリックは疑問を抱くようになった。「きっと、パパはエミリーの方がかわいいんだ!」。

そんなある日、家族アルバムを見ていて、ふと思った。「エミリーはパパに似て日本人っぽいけど、僕はママにそっくりさ!」。そういえば、同級生に訊かれたことがあった。「君、なんで日本の苗字持ってるんだ?ブラジル人の顔をしてるのに?」

母親の方から離婚したいと言い出したと、バアチャンから聞いていたので、エリックは「僕はママに似ているから父親に嫌われているんだ」と思い込むようになった。

半年後、ふたりの誕生日に向けて、父親からビッグプレゼントが届いた。日本への往復チケットだった。

6月30日に日本に着き、誕生日の7月2日の日曜日、親子3人で教会へ向った。

教会に着くと、父親は準備があると言って、奥の方へ行ってしまった。取り残されたエリックとエミリーは緊張して、座って待っていた。

教会は大勢の人でいっぱいになっていた。

すると、天からのような歌声が聞こえてきた。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

君は愛されるため 生まれた 
君の生涯は 愛で満ちている

君は愛されるため 生まれた 
君の生涯は 愛で満ちている

永遠の神の愛は 
われらの出会いの中で 
実を結ぶ
君の存在が 私には
どれほど大きな 喜びでしょう

父親も合唱団の一員として心を込めて歌っていた。エミリーは、それをみて思わず「カッコいい!」と叫んで席から立ち上がった。すると、エリックも人前もはばからず、父親の方へ駆け寄った。

君は愛されるため 生まれた
今もその愛 受けている

君は愛されるため 生まれた
今もその愛 受けている

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

この最後のパートを父親がソロで歌うと、エリックが大声で「パパ、ありがとう!ありがとう!僕もパパが大好きだよ!」と、父親に両手を差し出した。

教会の皆に祝福されて、親子3人で強く抱きしめ合った。

父親と3人で過ごす初めての日本の夏休みは最高だった。なによりも、エリックにとっては、上野動物園に連れて行ってもらったことがこの上ない喜びだった。

そして、北極熊を観察しながらエリックが決定的に言った。「僕、大きくなったら獣医師になるんだ!」

注釈
1. 「君は愛されるため生まれた」作詞作曲イ・ミンソプ 訳詞神明宏、編曲山本真一郎

 

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