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日系(ニッケイ)—をめぐって

第14回 エスニックタウン鶴見を歩く

沖縄と南米が交差する

沖縄をルーツとする日系ブラジル人など南米に関わりのある日系人のコミュニティーをはじめ、中国系、フィリピン系、ベトナム系など外国籍の人が多い横浜市の鶴見区には、沖縄、南米の薫りをただよわせる店が点在している。行政も、だれもが暮らしやすい多文化共生社会を推進している。

鶴見区は、南は東京湾に面し、沖合に埋立によって整備された大黒ふ頭も同区内に位置する。東は川崎市に接し、川崎市南部とともに沿岸一帯は京浜工業地帯の一画をなし、沿岸部に河口を開く鶴見川が区内を南北に流れる。

この鶴見区のなかで、JR京浜東北線鶴見駅から沿岸部に向かって沖縄系、南米系のレストランや食料品店が点在していることは以前から聞いていた。前回、このコラムで紹介したNPO法人ABCジャパンの理事長、安富祖美智江さんの話や、JICA横浜海外移住資料館の「海外移住資料館だより」(2021夏号)をもとに、真夏の炎天下、鶴見駅を起点にこうした街を歩いてみた。

私はこれまでJR鶴見駅の西口は何度か降りたことがあったが、東口に降りて沿岸部方面へ行くのは初めてだった。西口からは、少し歩くと曹洞宗の大本山總持寺の広大な敷地や鶴見大学歯学部があり、さらに西へ丘陵をあがると住宅街が控えている。

これに比べると東口は、商店などが立ち並ぶ昔ながらの街並みをイメージしていたが、大きなロータリーがJRと並行して走る京浜急行の鶴見駅との間に広がり、周辺は、ビルに囲まれ、明るく整然とした街並みが目に入った。

ABCジャパンのオフィスは、これらのビルのなかにあり、そこから沿岸部方面に向かって歩くと、すぐに鶴見川を越える鶴見橋にさしかかる。橋を渡ろうとすると、私の前を2台の自転車が横切っていった。乗っていたのは、チャドルのような民族衣装で頭をすっぽり覆った女性だった。 


ペルー、ボリビア、ブラジル

日差しは強烈だったが、川を渡る風が暑さを紛らわす。橋を渡り終えると、通りの上に横に大きく「ほんちょう」と書かれた看板のある商店街に入った。ここは本町通り商店街といい、そもそも工業地帯で働く人たちの生活必需品が集約されたところだと、あとで知らされた。

しかし今は降りたシャッターが目につく。両側にアーケードのあるまっすぐな道の左をゆくと、しばらくしてガラス張りのしゃれた外装のレストランがある。「PERUVIAN RESTAURANT KOKY’S」だ。

ペルー料理レストラン「KOKY’S」

丸焼きのローストチキンの写真とともに「本場の味が楽しめるペルー料理レストラン」の看板が出ている。肉料理が主体のようだが、セビッチェという魚介類のマリネなどもあり、テイクアウトもできるようだ。

およそ500メートルにおよぶアーケード街を歩き終え、左に折れて仲通商店街に入る。平坦な道を進むと今度は、潮風大通りと交差するが、この角に「Restaurante EL BOSQUEラテン料理 沖縄料理」と、書かれた店がある。ラテンと沖縄。経営者のルーツが想像できるが、事実、沖縄とボリビアにツールをもつ夫妻が経営するレストランで、沖縄そばをはじめ、エンパナーダというボリビア風パイなどを提供する。

ラテン料理・沖縄料理を提供するレストラン「EL BOSQUE」

さらに仲通商店街をゆくと、「ミートハウス 軽食 ピザ インポートショップ」と表に書かれた、にぎやかな感じの店に出合う。ブラジル国旗を思わせる緑色と黄色が目立ち、日の丸やフィリピンの国旗も描かれている。ここが、ブラジルなど海外の食材や雑貨の販売とレストランを兼ねた「YURI SHOP(ユリショップ)」だ。


鶴見はやさしい町

店内は、手前がブラジルをはじめ南米など海外の食材・食品が置かれたショップで、奥がレストランになっている。店主のコバシカワ(小橋川)ユリさんがいたので話を聞いてみた。

「鶴見はいい町だね。外国人に対してみんなやさしい。私はいままで群馬や静岡にいたことがあるけれど、ここが一番いい」とユリさんは言う。

「鶴見はやさしいまち」と語るユリショップの店主、ユリさん  

ユリさんの祖父母は、沖縄県西原町の出身で、1935年ユリさんの父親がまだ幼いころ、ブラジルに一家で移住した。サンパウロで育ったユリさんは、1989年バブルのさなかに、多くの日系ブラジル人と同じように“出稼ぎ”的に日本にやってきた。10年間雇われて働き、同時に鶴見のブラジル関係の店でアルバイトをしたのち、自分の店を持つようになった。

国籍はブラジルだが、「ブラジルに25年いたけれど、今はもう日本で33年になる。日本は大好きです」

ユリさんは、日系の3世になる。ABCジャパンの安富祖さんと同様に、沖縄にルーツがあるがゆえに、古くから沖縄のコミュニティーがある鶴見にやってきて、ブラジル文化をもたらし、同時に日本の文化習慣を改めて身につけていったことになる。


学校も多文化

ユリショップの近く、同じ仲通商店街に鶴見沖縄県人会会館の建物があり、一階に「(株)おきなわ物産センター」が店を構える。オリオンビールの提灯が店先に連なる、時代を感じさせる店の中には、沖縄そばの麺やヤギ汁、豚足、サーターアンダギー、泡盛など、沖縄ならではの食材や食品、そしてシーサーなど民芸品が所狭しと並んでいる。 

(株)おきなわ物産センター

また、建物内には島雑貨と沖縄そばの店「てぃんがーら」や、横浜・鶴見沖縄県人会広報室「うりずん」の看板が見え、NHKの朝ドラ「ちむどんどん」のシーンを彷彿させる。

このあと、安富祖さんにすすめられたパステウ専門店の「ラビパ・パステウ」という店を覗こうと思い、遠回りをして鶴見川を渡ることにした。パステウは、薄いパイ生地にチーズや肉など、さまざまな具材を入れて揚げた手軽な料理で、ブラジルでは屋台で売られている。

店まで歩く途中、鶴見川近くで横浜市立潮田中学校の前を通った。「海外移住資料館だより」(2021夏号)によれば、全校生徒のおよそ3割、100人以上が南米など外国とのつながりを持っているという。学校では、授業についていけない生徒のための「国際教室」が設置され、生徒の母語による授業をするといった支援が日ごろから行われている。

ラビバ・パステウは小さな店だが、チーズ、ひき肉、チキン、トマト、オリーブなどさまざま具材のパステウが店先の写真で紹介されている。在日30年近くになるブラジル人のビアンカさんがひとりで店を切り盛りしているそうだ。

このほかにも、南米、沖縄にかかわる店はあるが、この日はここで鶴見の街歩きを終え、JR鶴見駅に戻ることにした。最後に、駅近くにある「鶴見国際交流ラウンジ」を訪ねた。横浜市内には、在住外国人支援・国際交流・多文化共生のための施設として、11の国際交流ラウンジが区によって設置されていて、市民活動団体、NPO法人、公益財団法人などにより運営されている。

 駅のショッピングモールに隣接したJR東日本ホテルメッツの建物内にある鶴見国際ラウンジでは、「多文化共生のまち」をめざして、「8言語による情報提供」や「外国人市民と日本人市民の交流」など6つの事業に取り組んでいることがわかった。

 

© 2022 Ryusuke Kawai

Japan Kanagawa Nikkei in Japan Tsurumi

このシリーズについて

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。