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日系(ニッケイ)—をめぐって

第4回 「日系」と音楽文化

早稲田みな子著・「アメリカ日系社会の音楽文化 越境者たちの百年史」(共和国、2022年)

日系(ニッケイ)とはなにか。政治や経済、スポーツ、食文化など、それを考えさせるテーマはいろいろあるだろうが、「音楽」に的をしぼったらどんなことが見えてくるだろうか。日系文化の研究でもあまりみることがないこの分野を長年研究してきた国立音楽大学の早稲田みな子教授がこのほど出版した「アメリカ日系社会の音楽文化 越境者たちの百年史」(共和国)からは、そんな興味への答えが浮かびあがってくる。

著者が焦点をあてたのは、アメリカの日系社会のなかでも北米大陸で最大の日系人人口を抱えるカリフォルニア州ロサンゼルス郡の日系社会。近代になって日本からの移民(移住者)によって形成されたこのコミュニティーのなかで、人々が親しんだ音楽について、大きく「歴史的」、そして「社会・文化的」にわけて考察したのが本書である。

音楽は、文献のように形(記録)として残っているとは限らない。それを調べるとしたら、実際に音楽のきこえる現場に足を運ぶのはもちろんのこと、その担い手にインタビューをし、またさまざまな音源に耳を傾けるなど、異なった種類の作業を積み重ねていかなければならない。

では、著者の場合はどうだったのか。

「フィールドワークでは、盆踊り、コンサートなど、音楽が実践されている現場に足を運び、どんな音楽が鳴り響き、人々がそれに対してどのように反応しているかなどについて、具体的に知ることができました。レコードやCDなどの音源、DVDやYouTubeなどの動画も、貴重な資料となりました」、「日系人の創作した新しい盆踊り歌については、楽譜に書き起こすことでその特徴を分析しました」と、早稲田教授は説明する。

こうした丹念な調査から、著者は19世紀末の日本からの移民(移住者)がはじまったころから日系と音楽とのかかわりを探っていく。移民たちが異国で生活の基盤をつくりあげれば、やがてただ働くことだけではなく、余暇や文化活動を求めるのは自然の流れで、そのとき欠かせないもののひとつが歌や音楽である。それはもちろん慣れ親しんだ日本の音楽だ。

この種の音楽は、最初は日本からやってくる旅芸人によってもたらされるが、徐々にプロの芸能・音楽家が日本からきて日系社会に広めたり、やがて日系社会のなかからも師匠となるプロがでてきたりする。

この点は日本での芸能・音楽の流行りの仕組みとそう変わらないのだろうが、おもしろいのは、たとえばレコードの普及によって日本から「音頭ブーム」なるものが押し寄せて、「羅府音頭」や「アメリカ音頭」などが誕生するところだ。アメリカといってもいかに日系社会がきわめて“日本的”なのかがわかる。

しかし、時代が進み戦争がはじまると様相が変わる。日系人は強制収容所という日系人だけの特殊な空間のなかで文化活動を育む。それも一世と二世では、ずいぶんと異なるようだ。収容所内では日系人がまとまって生活していたことや、一世は自由な時間が増えたことで、皮肉にもかえって日本の音楽は指導者から学びやすくなるなど身近になる。

一方、アメリカ文化のなかで生まれ育った二世(アメリカ人)のなかには、収容所内でジャズバンドの活動に熱中するといった音楽活動をするようになる。本書のなかに収容所のジャズ・バンドの一覧が出ているが、11ヵ所で18のバンドが名を連ねている。

アメリカにいる日系人が親しむ日本の音楽が日系社会の音楽文化なら、日系人が西洋音楽に親しみ発信するのもまた日系社会のそれであることがわかる。


組太鼓に見る独自文化

こうしたいろいろな形の「日系社会の音楽文化」のなかで、戦後三世を中心に独自の発展をとげたのが太鼓である。太鼓と言っても大小の太鼓を組み合わせて演奏する組太鼓は、アメリカで日本関係のフェスティバルやイベントが開かれると、しばしば登場する。私自身、西海岸はもとよりアイダホやフロリダでも目にしたが、本書によれば2018年時点で約230もの太鼓グループが北米にあるという。

この組太鼓は確かに日本にルーツがあるのだろうが、日本にはない発展の仕方をしていて、今では日系の枠を出てアジア系に広まりつつあるようだ。組太鼓が広がる理由として著者は以下の点をあげている。

「日本語ができなくてもいい。身体的なパフォーマンスを伴い若者に魅力がある。モデル・マイノリティ(模範的マイノリティ)という日系人のステレオタイプに付随する非攻撃的で物静かというイメージを覆す効果も持っている。日本でも組太鼓は新しく、日系人は日本人に引け目を感じることはない。家元制度や免許制度が存在せず、絶対的な形式や規則がないため、日系人は日本の太鼓の好きなところを取り入れ、また他文化の要素を自由に融合し、独自の表現を創造することができる」

こうした特徴は、「ジャズがアメリカ黒人音楽として認識されると同時に、人種を越えた音楽ジャンルとして世界的な広がりを見せているように、組太鼓も日本文化・日系文化として認識されていると同時に、民族を越えた表現様式として世界に拡散しているといっていよいだろう」と、黒人音楽にも詳しい著者はみる。

日系音楽文化のなかでも、西洋音楽との融合という点で興味深いのは「フォーク・プロテスト・ソング」だ。

1960年代の公民権運動などに刺激されてアジア系アメリカ人の若者のなかで、アイデンティティを確立しようという文化的な動きが起きる。音楽面では、社会的、政治的なメッセージを強調するグループとして、「ア・グレイン・オブ・サンド」と「ヨコハマ, カリフォルニア」を、本書では紹介している。彼らには、日系そしてアジア系だからこそ表現する歌がある。

このほか、家元制度、日本語、新旧移民の対立や協力など、さまざまな切り口でアメリカにおける日系人の音楽文化を本書はとらえている。「日系社会と音楽」というテーマの広がりを痛感するが、見方をかえればそれだけ「日系」という概念がまた実に多様であることを逆に気づかせてくれる。

 

著者プロフィール:早稲田みな子

1966年、東京都に生まれ、神奈川県に育つ。カリフォルニア大学サンタバーバラ校大学院民族音楽学博士課程修了(Ph.D.)。現在は、国立音楽大学教授。専攻は、音楽民族学、アメリカ日系音楽文化。

 

© 2022 Ryusuke Kawai

Japanese Americans kumi-daiko Minako Waseda Music taiko

このシリーズについて

日系ってなんだろう。日系にかかわる人物、歴史、書物、映画、音楽など「日系」をめぐるさまざまな話題を、「No-No Boy」の翻訳を手がけたノンフィクションライターの川井龍介が自らの日系とのかかわりを中心にとりあげる。