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「ノーノー・ボーイ」の世界を探る

第15回 七章、良心ある白人との出会い

日米間の戦争という事情ゆえ、アメリカの日系人はアメリカ社会で全体として迫害をうけるが、その背景には人種的な偏見があり、この問題をどうとらえるかを、「ノーノー・ボーイ」のなかで、ジョン・オカダは随所で示している。

そのほとんどが、白人社会からの差別の実態とそれに対する苛立ちである。しかし、差別や偏見のない、「アメリカの良心」のような存在も一方でオカダは登場させている。それが、七章に出てくる、キャリックというエンジニアリングの会社を経営する白人男性だ。

物語を振り出しにもどすと、刑務所を出てシアトルに帰って来たイチローは、複雑な気持ちで狂信的な日本への愛国心を示す母と、頼りない父と、徴兵を拒否したイチローや母親に反発する弟のタローのいる家族のもとへ帰る。

それから、同じ境遇の友人フレディーに会い、つづいて従軍して片脚を失ったケンジと出会い、ケンジが再入院するため一緒に隣のオレゴン州ポートランドへ出かけた。

ポートランドの市街(筆者撮影、2010年8月)


国になり代わって謝罪する人がいる

七章では、ケンジを病院に見送ったイチローが、ポートランドのまちで職探しに出かけるところからはじまる。自分の過去と一線を画して新しい生活をしようとイチローは、新聞広告でみたエンジニアリング会社を訪ねる。

職業選択において事実上、日系人に対する差別はあり、まして徴兵拒否を含む自分の経歴について尋ねられるのをイチローは心配した。しかし、その小さな会社で出会った社長のキャリックは、イチローが日系人であることを受け入れ、さらに戦時中に同じアメリカ人でありながら不当な扱いを受けた日系人に対して同情し、アメリカ人のひとりとして国家の対応を批判し、イチローに謝罪までした。

「国が、君たちに対してひどい扱いをしたのは大きな間違いだった。そんなことをする理由はなかった。アメリカの歴史に大きな汚点を残したよ。本当のことだ。私は昔から大声でよくしゃべる陽気なアメリカ人だが、あれが起きたときはちょっとへこんでしまった。いままでみたいに誇りを持てなくなった。しかし間違いを犯したのなら、おそらくそこからなにかを学んだはずだ。そう期待したいじゃないか。いまでも、世界のなかでなんといったって最高の国のはずだ。とにかくあんなことになったのは申し訳ないと思うよ」

こう言ったうえで、イチローを破格の好条件で雇おうと提案してくれた。意外であり嬉しかった。だがイチローは、彼の善意を受け入れることができのは、自分のような日系人ではないとして躊躇する。その反応に戸惑うキャリックに対して、イチローは自分の経歴を正直に話す。これについても、キャリックは理解を示し、自分を責めてはいけないと諭す。

「君のことや、なぜ君がそんなことをしなければならなかったのか、その背後の事情については気の毒に思う。それは、どうみたって君のせいじゃない。君もそれはわかっているんだろ?」


感謝しながらも、別の道を

このあとイチローは、なぜ自分が過去にそういう道を選んだのかを語る。重要な部分だ。

「私には選びようがなかったんです。原因は自分の母のせいだと思うこともあります。でも母よりも大きいものが原因かもしれません。母は私が母とは違うことをわかろうとしませんが、そのことよりも大きいものかもしれません。これじゃわけがわからないですよね。まったく。国は最初私たちを西海岸地域から引き離し収容所に入れて、私たちが信頼に値するようなアメリカ人じゃない、ということを私たちにわからせました。それから国は私たちを徴兵して軍に入れようとした。悔しかったです。私は怒り苦しみました。それでも多くのものは従軍しました。でも私はしなかった。これでおわかりですよね。ありがとうございます」

それでもキャリックは、イチローを受け入れようとした。その思いやりと寛容の精神にイチローは感謝した。だが、結局イチローは、キャリックの申し出を断ることにした。やり直せることを教えてくれたキャリックの考えに沿って行けば、自分は原点に立ち返ってやり直すことから始める必要があると思ったからだ。


ケンジが語る理想の世界

ポートランドで一夜を明かしたイチローは翌朝、ケンジを病院に見舞う。ケンジはすっかり弱っていて、死が間近に迫っていることを自覚していた。ここでイチローとケンジが交わす言葉が示唆するのは、人種差別の問題やそれを乗り越える理想についてだった。

ケンジは、まずイチローたち“ノーノー・ボーイ”に対する戦争に行った日系人(日本人)からの反発についてこう言う。

「おまえに強く当たるやつらは、たぶん考えがねじ曲がっていて、自分たちが殺されたり撃たれたりすることが立派なことだ思ってきたが、それが実は取るに足らないものなんで、おまえのせいだって言うんだ」

日本人をはじめ同じ人種や民族の閉鎖性を批判するケンジ。なぜ、戦後になっても日本人は群れたがるのかと批判する。

「……政府が、おまえらはジャップだと言ったからみんな金切声をあげたんだ。それなのにようやく外に出てくると、待ち切れずに一緒になって突っ走って、自分たちがジャップであることを証明している」

死を覚悟したケンジは、イチローに自分が描く理想の世界をこう語る。切なくも美しい言葉は、作者の理想なのかと想像させる。

「酒を飲みながらおれのことを思い出してくれ。おれがどこへ行こうと旅立ちに乾杯してくれ。そこにはジャップとかチンクとかユダ公とかポー公とか黒んぼとかフレンチ―とかの区別がなきゃいいな。みんなただの人間、っていうのがいいな」

ケンジはヨーロッパ戦線に赴き、戦地でドイツ人を撃ち殺した経験がある。それが、「人間だけのいる別の世界がいいんだ」と、彼に言わせたのだった。

「なぜって、もしおれがまだひとりのジャップで、そいつがドイツ人のままだったら、おれはまたあいつを撃たなければならない。そんなことをしなけりゃならないなんてまっびらなんだ」

最後に、ケンジから父親とエミへの伝言を頼まれたイチローは、病院をあとにしてシアトルへもどって行った。

(翻訳は筆者による)

 

© 2016 Ryusuke Kawai

john okada literature no-no boy

このシリーズについて

太平洋戦争を挟みアメリカで生きた日系アメリカ人二世、ジョン・オカダ(John Okada)が残した小説「ノーノー・ボーイ(No-No Boy)」。1971年に47歳で亡くなった彼の唯一の作品は、戦争を経験した日系アメリカ人ならではの視点でアイデンティティをはじめ家族や国家・民族と個人の在り方などさまざまなテーマを問う。いまも読み継がれるこの小説の世界を探りながらその魅力と意義を探っていく。