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デカセギ・ストーリー

第十九話 (前編)ナカジマがやって来る!

日系二世のナカジマ少年は日本語学校に行くのが嫌だった。しかし、日系人が多いブラジルのバストスという町には、どこへ行っても、町の中に日本のような雰囲気が漂っていた。八百屋もパン屋も理髪店も、ほとんどの商店は日系人の経営だった。ホテルもそうだった。ナカジマ家は養鶏所を持っていて、次男のナカジマ少年は卵を売るのを手伝っていた。それも嫌だった。日系人の客に日本語で声をかけられるのが苦手だったからだ。

ナカジマは、まったく日本のことに興味が持てず、会館で行われる日本の伝統行事に参加したこともなかった。土日はブラジル人の若者が行く溜まり場で「僕はジャポネザ1と付き合ったことは一度もないんだ。ナモラダ2はブラジル人がいい!」と、いつも言っていた。

「富男」と祖父に付けてもらった名前を「Antonio」に変えたが、仲間には「Japonês」としか呼ばれなかった。心の底では悔しくてしかたなかったが、我慢していた。

町を出て行ったのは17歳の夏だった。養鶏所の仕事に向いてないし、田舎町は好きになれなかったナカジマは、サンパウロへと向かった。

成人になってもナカジマは住まいと職場を転々とした。ようやく、22歳の時、ビシガ区に辿りついた。そして、「イタリア人街」として知られている通りの「Pizzaria3」で働いた。そこのオーナーに腕がいいと認められ、ナカジマはピザ職人としてどんどん上達していった。客の間ではナカジマが作るピザは最高だと言われるまでになっていた。

忙しいナカジマだったが、「イタリア人街」の祭りでマリア・セシリアと出会った。向こうの親の反対を乗り越えて二人は結婚した。そして、2人の子どもに恵まれた。

妻は心臓が弱いため、家事はお手伝いさんに任せ、子育ては、夫と母親と叔母に手伝ってもらっていた。結婚生活23年目に、長女は結婚してイタリアに住み、長男は大学に入って3人のルームメートとアパートを借りた。

ようやく、夫婦水入らずで暮らせるようになり、じっくりと話し合う時間が増えた。すると、妻はそれまで一度も口にしたことがないことを突然語り始めた。それは、意外にも、日本へ行く夢だった!

ナカジマは驚いた。イタリア系の妻は祖父母から受け継いだことを大切にし、年配の親戚とは、ポルトガル語ではなくイタリア語で話していた。「日本に、そんなに関心があったとは!」。しかし、ナカジマは、ふと思い出した。娘が生まれた時、名前は「ヘジーナ」でいいと、ナカジマは言ったが、妻は「サユリ」も一緒に付けるようにと言い張った。息子の時にも「ヘナット・ユウジ」と決めてあった。

「そうだ!せっかく遠い日本へ行くんだったら、おふくろと兄の所にも行ってみよう!」と、ナカジマは言った。

「えっ!?お母さんとお兄さん、日本に居るの?」

「2年前だったか、おやじが亡くなった後、経営が行き詰まって兄は養鶏所を手放さざるを得なかった。それで、一家でデカセギとして行ったんだ。ねぇ、私たちも行こうか?」

ナカジマは、せっかくの24年のピザ職人としての評判も捨て、第二の人生を始めようと準備中。まず、日本語の勉強に取り組んでいる。

後編>>

注釈

1. 日本人の女性

2. 恋人

3. ピザパイの店

 

© 2014 Laura Honda-Hasegawa

Brazil dekasegi fiction Japan

Sobre esta serie

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。