日系アメリカ文学雑誌研究: 日本語雑誌を中心に

日系日本語雑誌の多くは、戦中・戦後の混乱期に失われ、後継者が日本語を理解できずに廃棄されてしまいました。このコラムでは、名前のみで実物が見つからなかったため幻の雑誌といわれた『收穫』をはじめ、日本語雑誌であるがゆえに、アメリカ側の記録から欠落してしまった収容所の雑誌、戦後移住者も加わった文芸 誌など、日系アメリカ文学雑誌集成に収められた雑誌の解題を紹介します。

これらすべての貴重な文芸雑誌は図書館などにまとめて収蔵されているものではなく、個人所有のものをたずね歩いて拝借したもので、多くの日系文芸人のご協力のもとに完成しました。

*篠田左多江・山本岩夫 『日系アメリカ文学雑誌研究ー日本語雑誌を中心にー』 (不二出版、1998年)からの転載。

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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その4/9

その3>>

3.『NY文藝』の内容

(1)創作(その1)

あべよしおと秋谷一郎は『NY文藝』の編集と発行に中心的な役割を果たしたが、彼らはまた創作においても重要な存在であった。したがって、まずこの2人の作品について、次に他の同人の作品について、概観しておきたい。

あべよしお(1911-1981)はオレゴン州ポートランドで生まれ、10歳の時に家族と共に父の郷里の岡山へ来た。1936年、早稲田大学を中途退学してアメリカへ帰り、戦時中には連合軍の対日情報部員としてインドへ行った。戦後、ニューヨークへ出て北米新報社で働き ...

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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その3/9

その2>>

創刊号に掲載された作品の中で創作の占める比率が圧倒的に高く、評論や随筆、詩、短歌は少ない。これが『NY文藝』の特徴で、この特徴は最後まで維持されることになる。

カール・ヨネダと三田穢土が作品を寄せている。カール・ヨネダは帰米二世で労働運動の活動家として日本でもよく知られている。三田穢土は上山平八のペンネームである。「ハリウッドの怪人」といわれた上山草人と女優・山川浦路の一人息子で、1930年代に労働者の生活を詠む詩を西海岸の日系新聞に多く発表し、当時の有力な文芸同人誌『收穫』の編集にも携わっていた。秋谷一郎はサンフランシスコにいた時、ロサンゼルスの三田とよく会っていたという。

第2号(1956年6月 ...

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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その2/9

その1>>

2.『NY文藝』の創刊とその後の経過

『NY文藝』は1955年に創刊され、1975年の第11号をもって終刊となった。創刊および発行の継続に中心的な役割を果たしたのが、編集兼発行人を務めたあべよしお(阿部芳雄)(第1-5号)と秋谷一郎(第6-11号)である。共に戦後、ニューヨークに再定住した帰米二世であり、『NY文藝』の創刊時、あべは44歳、秋谷は46歳であった。この同人誌の創刊とその後の経過を、秋谷一郎「十二年の足跡」(『NY文藝』第10号 ...

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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その1/9

はじめに

1955 年、ニューヨークで『 NY文藝』が創刊された。ロサンゼルスで『南加文藝』が創刊される10年前のことである。その第3号に「ニューヨークで発行されるアメリカ唯一の文芸同人雑誌」と記されている。戦後のアメリカで初めて本格的な文芸誌が生まれたのである。

ニューヨークにおける日系日本語文学活動はほとんど知られていない。そもそもそのような活動があったのかどうかさえ不明であった。『在米日本人史』(1940)も『米国日系人百年史』(1961)もニューヨークを中心とする東海岸における文学については何も触れておらず、日系日本語文学はもっぱらカリフォルニアを中心とした西海岸の文学として捉えられてきたのである。この度、秋谷一郎氏のご厚意により『NY文藝 ...

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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その8/8

その7>>

4.『ポストン文藝』の特色と果たした役割

『ポストン文藝』の第一の特色は、特定の集団ではなく一般の収容者を対象とした総合雑誌であったこと。内容は文学のみならず、様々な娯楽的要素をもった読物や写真、芝居や日本舞踊公演に関する記事もあり、いわゆる「講談本」や演劇などのファン雑誌の要素も含まれていた。

第二の特色は呼び寄せを含む一世が発行の中心的役割を担ったこと。編集者及び寄稿者に帰米二世はいるが、その数は少ない。一世が創り出したものに帰米二世が参加するいう形をとっていた。

第三に当局による検閲を重視して、作品の内容について自己規制を行なったこと。当局は忠誠者のみの収容所ということで、収容所の秩序を乱す行為を取り締まり、厳しく監理しようとしたため、とくに日本語のみを使う活動には神経を尖らせたようである。編集側は作品募集のときから「米国戦時体制に反しないもの ...

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