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伝統的刺青を広めたい ~在米日本人彫師、彫巴さん~ その2

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アメリカへ

それからほぼ4年後、彫師としての修業も順調に進み、経験も積んできて、さて、これから先、自分はどのようなことをしているだろうと考えてみた時、ふと、15年後の自分の姿が見えたのです。彫師としての経験を積んでいく中で、刺青を取り巻く環境や、刺青に関しての日本社会の仕組みなどを、以前よりはるかによく理解できるようになったこともあります。そうした社会で彫師を続けている自分の姿。それは、かなり鮮明な映像でした。

「15年後の彫師の私は、正直言って、あまり好ましいものではなかったんです。そのころ、日本がやけに狭く、そこで生活していくことが息苦しく感じるようになっていたせいかもしれません。精神的にもよくない状態になっていました。それで、一度あきらめた渡米の可能性に、再度挑戦してみようと考えるようになりました」

サンノゼのタトゥー・スタジオで

日本で経験を積んできた彫師が、アメリカという異国でどのように変わっていくだろうか─。彫巴さんには予測し難いことでしたが、逆にその分、胸の高鳴りを覚えたと言います。

そして、隆大彫さんに相談したのです。すでに彫巴さんの人となりを承知していた隆大彫さんは、気持ちよくビザの取得のために力を貸してくれ、受け入れ先となることも承諾してくれました。刺青が取り持つ縁でした。そして2007年に渡米。隆大彫さんの「State of Grace」での活動が始まりました。


日本の伝統を正しく

彫巴さんによると、すでにそのころ、日本の伝統的なデザインを彫る彫師も米国内にけっこう存在するようになっていました。日本の刺青が好きな人も多く、よく見かけます。

ただ、問題があることに気付きました。例えば、仏像の刺青をしていても、その意味がよく分かっていない人が少なくないこと、デザインが間違っていることなどです。「条帛(ジョウハク)」の掛け方が左右逆になっていたり、剣を持つ手が逆になっていたり。特に、彫巴さんが好きな不動明王のデザインは気になりました。

不動明王は、彫巴さんにとって、重要な存在です。その教義を知るのは後になってからのことですが、早くも小学生のころに図書館にあった仏画の本で不動明王を見て、何か惹かれるものを感じました。その後、人生に迷っていたとき、力をもらえそうな気がしていたし、横浜で修行していた時には、近くのお寺に不動明王の像があって、何か助けてもらえそうな気がして、よく拝んだものでした。だから、不動明王の図柄の間違いがとても気になったのです。

それで、そうした間違いを正してもらいたいという狙いと、刺青で彫るからにはある程度の基本的な情報をもってもらいたいということで、不動明王の刺青にそのまま使える書き下ろしの下絵や、歴史について、そして、そのデザインについて解説した本を2011年に出しました。英語の本(185ページ)です。隆大彫さんのスタジオが出版元で、タイトルは「IMMOVABLE-FUDO MYO-O TATOO DESIGN BY HORITOMO」。反応はよかったといいます。その反応を踏まえ、それから2年後に、冒頭に紹介した「Monmon Cats」を出したのでした。

 

日本への期待

サンノゼ近郊の自宅の書斎で。抱いているのは、大阪時代からの「友」であるサバトラ猫

「Monmon Cats」執筆のそもそもの動機は、彫巴さんの飼い猫の三毛の模様が、何かはっきりした形になっていればいいなと漠然と思っていたことが始まりでした。そして次第に、猫というキャラクターを使って、もっと多くの米国の人たちに刺青に親しんでもらいたいという気持ちになっていきました。

日本の刺青は、不動明王のように、物語性・精神性が強いため、初心者にはとっつきにくいという印象を持たれがちですが、猫に日本の刺青のような図柄が描いてある(彫ってある)絵を見て興味を持ってもらうことで、そうした印象を薄めることができるのではないか、という気持ちでした。

先に出した「IMMOVABLE」同様、「Monmon Cats」の反応もよく、本を出版してから、猫の刺青のワンポイントのタトゥーの注文を受けるようになったり、本に掲載された図柄を使って他の彫師が彫った刺青や、似たようなアイデアの刺青もよく見かけるようになったといいます。

こうして2冊の本を出したのですが、もち論、出版に先駆けて、既存の出版物の点検や参照は欠かせません。その点、彫巴さんは蔵書が多く、現在住んでいるサンノゼ近郊のアパートの一室は本棚だらけ。まるで「タトゥー図書館」のようになっており、資料には不自由しません。

本の出版に加えて、各種のイベントを通じて、日本の刺青を広めていくことも意義あることと彫巴さんは言います。

サンフランシスコのAsian Art Museumで日本の伝統刺青を実演。2008年

米国各地の美術館や博物館で日本の刺青に関するイベントが開かれるようになりましたが、彫巴さんは、「刺青を彫るだけでなく、そうしたイベントに積極的に関わって、もっと日本の刺青を米国に広めるための手伝いができたら」と言います。

そのためには英会力の増強も大切で、「刺青で使う言葉は限られている。もっと心の深いところに届く話ができたら、刺青についての理解も深まるし、本当の理解となるでしょう」。

そして、やはり自分を育てた日本の社会のことです。冒頭で彫巴さんは、猫と刺青に対する日本社会の対応は共通しているところがあると述べていましたが、ペットとしての猫の愛好家が増えている日本の社会で、刺青に対する受け入れももっと広まってほしいと、彫巴さんは日本社会の変容に期待しています。

「引退して日本に帰るようなことがあれば、その時には、刺青を入れている人が半袖で街を歩けて、温泉にも気軽に入れるような社会になっていたらいいなと思っています、サンノゼのようにですね。無理かもしれませんが…。それでも、よく外国からの圧力があって日本が変わると言われているように、刺青についても、世界で日本の刺青がもっと受け入れられて、評価されるようになれば、日本もいつか見直す時が来るんじゃないでしょうか。そうしたためにも、海外において、タトゥーのイベントなどの活動を続けていくことは意義あることだと思うんです」

「Monmon Cats」執筆に貢献した三毛猫は去年他界しました。彫師として忙しい日々を送る中で、日本人の奥さんと、大阪時代に拾ったサバトラの老猫と暮らしながら、サンノゼから日本に熱い視線を送り続けている彫巴さんです。

 

© 2015 Yukikazu Nagashima

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