Os nikkeis da América Latina e os nikkeis latinos

O professor Alberto Matsumoto discute as distintas facetas dos nikkeis no Japão, desde a política migratória com respeito ao ingresso no mercado de trabalho até sua assimilação ao idioma e aos costumes japoneses através da educação primária e superior. Ele analiza a experiência interna do nikkei latino com relação ao seu país de origem, sua identidade e sua convivência cultural nos âmbitos pessoal e social no contexto altamente mutável da globalização.

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Carlos Kasuga, um exemplo de líder nikkei nas Américas

Qualquer dirigente nikkei no continente americano conhece em pessoa ou ouviu falar do Sr. Carlos Kasuga, seja devido ao seu sucesso como empresário no México ou às suas atividades institucionais na Associação Panamericana Nikkei. Ainda assim, não são muitos aqueles que conhecem a história da imigração japonesa para o México. De acordo com a Enciclopédia dos Nikkeis do Continente Americano1, tudo começou com Enomoto e sua expedição de colonização a Chiapas em 1897. Enomoto é uma figura interessante, pois havia sido ministro das Relações Exteriores durante o ...

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ハワイの「GANNENMONO」と「日系レガシー」

2018年6月、日本人の海外移住史にとって大きな行事がハワイのホノルルで開催された。それは、ハワイ日本人移民150周年を祝う「Gannenmono」式典であり、日本から秋篠宮同妃殿下がご臨席され、政府からは元自衛隊幹部の佐藤正久外務副大臣、JICAの北岡伸一理事長等が出席された。ハワイの代表者として、イゲ州知事、アリヨシ元州知事、アメミヤホノルル市長代理、アイリン・ヒラノ・イノウエ日米カウンシル会長(故ダン・イノウエ上院議員の妻)、マツダ元ハワイ大学総長などが参加された。私も初めてハワイを訪問し、この式典と同時に開催された海外日系人大会に参加した。

日本人労働者がハワイのサトウキビ畑で働くために初めて海外に行ったのは今から150年前の1868年。幕末から日本とハワイは交流があり、1860年には幕府使節団の「咸臨丸 ...

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日系次世代リーダーズフォーラムの意義と効果

数年前から日本の外務省は中南米の次世代日系指導者を招へいしている。私は、外務省中南米局の依頼によって、6年前からこの事業に関わっている。タイトな日程の中、招へいされた日系人らは、各関係機関やときには内閣総理大臣とも面会する機会を得る。これは、将来日系コミュニティを率いるリーダとして日本との架け橋になってほしいと、日本政府が期待しているからである。私は、海外日系人とののネットワークをもっと強化し形にしたいという日本政府の思惑を常に感じてきた。

2018年6月、外務省は15人の次世代日系指導者を招へいした1。彼らは、JICA市ヶ谷ビルの国際会議場で行われた外務省とJICAの共同主催による特別企画、「中南米日系社会ネクストリーダーズ・フォーラム〜日本と中南米の架け橋を目指して2」という会合へ参加し、意見交換を行った。この会合には、日本にいる日系留学生や在日日系人を支援している団体 ...

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メキシコ榎本殖民団に「海外移住の夢」を託した榎本武揚という人物 ― その2

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殖民団をメキシコのチアパス州へ

榎本武揚は、外務省を去った後も、海外殖民への夢を追い続けた。1893年に殖民協会を設立し、海外殖民を送る事業を立ち上げた。

1888年にすでに日本と修好通商条約を提携し、1891年には中南米初の領事館が開設されていたメキシコに目を付けた。当時メキシコを統治していたのはポリフィリオ・ディアス政権で、1876年クーデーターによって誕生し35年間に及ぶ長期政権を樹立した。国内開発のため、外国資本を積極的に導入し、産業の近代化を図るとともに、移民を誘致していた。日本政府が調査にあたらせたところ、農業で大きな利益が得られるだろうという報告結果がすでにでていた。

そのため、同協会は、幹事の根本正(ねもと・しょう)1を1894年7月から95年3月の間にメキシコやブラジル ...

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メキシコ榎本殖民団に「海外移住の夢」を託した榎本武揚という人物 ― その1

明治維新から始まった日本人の海外移民は、ハワイ王国に第一陣が到着してから昨年の2018年で150年になった。その後アメリカ本土と中南米にも多くの日本人が移住した。メキシコへの最初の移民は、1897年にチアパス州エスクイントラに入植した「榎本殖民団」である。このグループは、明治政府の元外務大臣、榎本武揚によって推進された移民団体だ。しかし、事前の調査不足や土地や気候の不完全な情報、資金不足ゆえに1年もしないうちにその多くが殖民地から逃亡。1901年に殖民地は事実上崩壊した。しかし、この地に残った移民6人が日墨協働会社を設立。メキシコ革命による内戦の影響を受けながらも、様々な事業を展開し、メキシコ社会へ多大な貢献をしたとして、榎本殖民団の名は今でもよく知られることとなった1。今回は、榎本武揚が、幕末から明治維新にかけての動乱の時代をどのように生き、彼がなぜメキシコへ殖民団を送ったのかを見ていきたいと思う ...

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