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母国アメリカと戦った日系人たち その2: 国籍を問わずに徴兵、中野学校への命令 -大森馨一さん-

その1 (小野正己さん) >>

小野さんに続いて話を聞いたのは、1917年カリフォルニア州ベンチュラ生まれの大森馨一(けいいち)さん。当時の二世の例に漏れず、大森さんも日本で教育を受けるために、10歳で両親の故郷である熊本へ。小学校を卒業して中学から大阪外語へ進学した。蒙古(モンゴル)語を専攻し、昭和15年 (1940年)に卒業し、政府機関に就職。赴任先のモンゴルへ向かった。そこで徴兵され、一旦日本へ帰国、久留米の第一戦車隊に入隊した。将校になるため の幹部候補生だった。

部隊ごと満州へ赴いた後、さらに戦線が厳しくなっていた南方に、輸送部隊の転属となり移動した。「連絡将校として大きな船に乗せられて、沖縄まで部隊を2回輸送した後、フィリピンのマニラに向かった。マニラ湾では爆撃を受けたが、船はゆっくりと沈んでいったので逃げる余裕があった。ラッキーだった。 船がやられたおかげでレイテ島にも行かずに済んだ。行っていたら全滅していたはず。船を沈ませてくれたアメリカの兵隊に感謝している」

「アメリカの方が日本よりずっといい」と話す大森さん

終戦は台湾で迎えた。昭和21年(1946年)に鹿児島港に着いたが、仕事探しでつまずいた。「将校だったから戦争に負けた日本では公職追放で仕事 に就けない。できることは闇商売くらい。それでアメリカに行きたいと思うようになった。日本政府から一時金をもらえると言うので、もらいに行ったら『お前はアメリカ人だからやらん』と言われる。兵隊にとる時はアメリカ市民だということに目をつぶっておいて、さんざん兵隊として使っておきながら、そういう酷 いことを平気で言う。そういう国におっても話にならんと思って、福岡のアメリカ領事館に行ってアメリカに戻りたいと訴えた」

当時の法律では、米国市民権は自動的には回復できないと領事に言われた大森さんは、アメリカ生まれであるという証拠を提出した上で待つことになっ た。数カ月待っても何の音沙汰もない。改めて領事館に行き、「最悪の事態として米国市民権を二度と回復できなくてもいいから、とにかく回復の申請をしてほ しい」と直訴した。

その熱意が領事に通じたのか、1955年、晴れてアメリカ市民権を取り戻すことができた。大森さんは、その鳥の12月31日に神戸港からアメリカ行きの船に乗った。

「日本で、すでに結婚していて子供も2人いた。3カ月後に飛行機で到着した家族とも合流して、ロサンゼルスに居を構えた。仕事は最初、アメリカの会社に入社し、その後、リトルトーキョーにカッパという店を持ち、その後ガーデナにも同じ名前のコーヒーショップを開店し、2000年までずっと働いていた」

大森さんは、戦時中、陸軍中野学校へ送り込まれる命令を受けていた。待機中にその命令が取り消され、結果的に中野学校へは行かずに済んだ。「中野学校のようなスパイ学校に入ると戸籍を消されると聞いた。無国籍の状態にしてスパイという任務に専念させるそうだ。しかし、私は幸いその任務から逃れることができた」

中野学校に送り込まれるはずがそうならず、レイテ島に行くはずがアメリカ軍の爆撃により妨げられた。いくつもの転機を経て、残された人生を家族と過ごす国として最終的にアメリカという国を選択したのだ。

現在の日本を、彼はどう見ているのだろうか。「私はアメリカに籍を置くことができて幸せだ。アメリカと日本を比べれば、アメリカの方がずっといい。大衆の考え方が常識に則っている。全世界の人類が集まっている国だからほんとはもっとめちゃくちゃでもおかしくない。しかし、筋が通っている。今の日本人には感謝をする気持ちがない。日本の教育に問題があるのだと思う。金持ちになり過ぎたのかもしれない」

アメリカ国籍を問わず徴兵しておいて、戦後は仕事に就く機会を奪われ、一時金も支給してくれなかったという日本。大森さんの日本への気持ちは屈折している。しかし、そんな中にも将来を憂う確かな愛国心が感じられた。

その3(阿久根三郎さん)>>

戦時中、満州にて

© 2008 Keiko Fukuda

Japanese Imperial Army kibei nisei veteran World War II