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二つの国の視点から

ベリナ・ハス・ヒューストン~自らをアメラジアンと呼ぶ日系2世の劇作家 -その5

>>その4

多文化、多人種の劇作家として

ヒューストンは子どもの頃から文章を書く才があり、高校生の時に書いた詩がカンザス州の賞を獲得している。カンザス州立大学でジャーナリズムの学位を得た後ロサンゼルスに移り、1981年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校で戯曲「Asa ga Kimashita」を書いて修士号を取得。その後、南カリフォルニア大学の映画学科で博士号を取り、現在は同大学の演劇学部で演劇論を講じている。また、1990年には学内で脚本部門の大学院を立ち上げ、創作の指導をしている。

劇作家としての活躍は目覚しく、冒頭にも書いたが、30以上の戯曲がアジア系、アフリカ系、その他の劇場で上演されている。彼女の作品は、内容がアジア系とアフリカ系の両方に跨る場合が多いため、アジア系の劇場で上演するにはアジア系の要素が足りず、アフリカ系の劇場にかけるにはその傾向が弱いと上演を敬遠され、皮肉にもヨーロッパ・アメリカ系の劇場や演出家に迎えられることがある。実際、代表作の「ティー」は、有色系の劇場よりも、ヨーロッパ・アメリカ系の劇場での公演のほうが多い。

この状況を、彼女は「有色同士の抑圧」と呼んでいる。イースト・ウエスト・プレーヤーズ(EWP)など、アジア系の劇場は、元来、白人社会から受ける差別への抵抗として生まれた経緯がある。差別をなくすための演劇活動が、自分たちの民族性にこだわるあまり、他の民族を排除してしまう。最近では、そういったある種の‘縛り’をかけないアジア系の劇場もあるが、最終的には民族を超えた活動を行っていくべきだと私は思う。

『Writer's Block Busters』

未来の劇作家を育てるために

ヒューストンは創作のクラスでどのように教えているのだろうか。また、自らどのように作劇しているのだろうか。アイデアは次々と生まれてきて枯渇することはない、と彼女は言い切る。そのアイデアはどこから生まれてくるのだろうか。そのヒントが、昨年(2008年)出版された『Writer's Block Busters』という本にある。副題が、「無駄なものを除いて、空想の旅にでる101の練習」。

前書きで、創作は教えられるものではない、ときっぱりと言い放ったうえで、劇作家を目指す学生にどんなアドバイスをしているかを述べている。たとえば、読書をしたら、それについて書き手の視点から話すようにすること、ある戯曲を書くにあたり、なぜそれが重要かを考えること、など。本編では、この20年間、教員として学生に与えてきた具体的な課題が示されている。

第1課は登場人物がどんな人物かを明確にする練習。第2課は、朝起きてから、自分を必要としている他の人物に会うまでと、その要求に対する反応を書きなさい、という問題。一つひとつの問題は短く、考え過ぎないようにしなさいという指針が冒頭に示されている。

小説家としての第一歩

私は10年ほど前に、ロサンゼルスでヒューストンと息子のキヨシ君に会い、チャイナタウンで中華料理を突っつきながらいろいろ話をした。その時、彼女は「ティー」を小説にしたいと言っていた。読者を幅広く獲得するにはやはり小説だ、という思いが彼女のなかにあるのだろう。戯曲とは作法が違うので難しい、とその時は話していたが、最近のメールで、小説版はすでにできているので、日本語版を出したいということだった。これは是非実現してほしいが、同時に映画化も期待したいと私は思っている。

※本文中に引用した翻訳は、但し書きがあるものを除いて筆者による。

ベリナ・ハス・ヒューストンの戯曲(出版されているもの)
・Tea. Unbroken Thread, Roberta Uno, ed., University of Massachusetts Press, 1993
・Asa Ga Kimashita (Morning Has Broken). The Politics of Life: Four Plays by Asian American Women, Velina Hasu Houston, ed., Temple University Press, 1993
・The Matsuyama Mirror. Short Plays for Young Actors, Craig Slaight & Jack Sharrar, eds., Smith and Kraus, Lyme, 1996.
・As Sometimes in a Dead Man's Face. Asian American Drama: 9 Plays from the Multiethnic Landscape, Brian Nelson, ed., Applause Theatre Books 1997
・Kokoro (True Heart). But Still, Like Air, I'll Rise: New Asian American Plays, Velina Hasu Houston, ed., Temple University Press, 1997
・Hula Heart. Eight Plays for Children, Coleman A. Jennings, ed., University of Texas Press, 1999.

電子書籍(上記以外の戯曲)
・Kapiolani's Faith. Alexander Street Press, 2009
・Ikebana: Living Flowers. Alexander Street Press, 2009
・Japanese and Multicultural at the Turn of the Century. Alexander Street Press, 2009
・Calling Aphrodite. Alexander Street Press, 2009

戯曲以外の著作

・Writer's Block Busters: 101 Exercises to Clear the Deadwood and Make Room for Flights of Fancy, Smith & Kraus Pub Inc., 2008
・「民間親善大使 アメリカの日本人戦争花嫁」『写真花嫁・戦争花嫁のたどった道』島田法子編著 明石書店 2009

編著
・The Politics of Life: Four Plays by Asian American Women, Houston, Temple University Press, 1993.
・But Still, Like Air, I'll Rise: New Asian American Plays, Temple University Press, 1997
・no passing zone, amerasia journal Vol. 23, No.1, 1997

初演(作品名、初演年、劇団名、上演場所)と作品の簡単な紹介
・Asa ga Kimashita, 1981, UCLA, Los Angeles
 黒人の米軍人と結婚した母、セツコの日本における葛藤を描く。1985年3月6日から4月6日まで、サンフランシスコのNova Theatreで、役者の高橋りりすがセツコを演じる。
・American Dreams, 1981, UCLA, Los Angeles
 戦争花嫁の母、セツコのアメリカでの差別体験を描く。
・Tea, 1985, Asian American Theater Company, San Francisco
 戦争花嫁の母、セツコと他の戦争花嫁4人のそれぞれの体験を描く。1988年、ロサンゼルスタイムズが選ぶ戯曲ベスト10入り。
・Thirst, 1986, Asian American Theater Company, San Francisco
 2人の姉妹と、彼女たちの混血の姉妹が、母の死後その哀しみと闘い、ついには、家族の中にくすぶっていた不和に直面する。
・Necessities, 1991, Old Globe Theatre, San Diego
 やり手の女性が、自分の人生に意味を持たせるために赤ちゃんを養子に迎える。しかし、赤ちゃんが次第に自分の人生を高めるモノに過ぎなくなり、彼女は人生に本当に必要なものは買ったり借りたりすることができないことに気づき始める。
・Tokyo Valentine, 1992, EWP, Los Angeles
  ヘイト・クライム(異人種などへの憎悪にもとづく犯罪)に抗議する黒人とアジア系女性のロマンスを描く。
・The Matsuyma Mirror, 1993, Honolulu Theater for Youth, Hawaii
 母の死後、初潮を迎えた女の子が、体の変化に対応し、大人になりたくない願望と闘う。
・Kokoro, 1994, Theatre of Yugen, San Francisco
 1985年に実際にアメリカ西海岸で起きた日本人母子心中事件を題材に、日本とアメリカの家族意識や死生観の違いを描く。
・As Sometimes in a Dead Man’s Face, 1994, EWP, Los Angeles
  日本人の母エミコ、アメラジアンの娘のサマンサ、そして養子にしたアメラジアンの男の子、ダニエルの3人の関係を描く。
・Japanese and Multicultural at the Turn-of-the-Century, 1994, Asia Society National Public Radio
アメラジアンの母と子が、自分たちのアイデンティティについて語りあう。Asia Societyの委託による小品で、ラジオで放送された。
・Hula Heart, 1996, Honolulu Theater for Youth, Hawaii
 ハワイの男の子がカリフォルニアに移住するが、フラダンスがなかなか理解してもらえない。新天地に適応しつつも彼は、自分の文化が人生においていかに大切かを理解していく。
・Ikebana, 1999, Urban Stages, New York
 尊敬する父に尽くしてきた娘のアヤメ・イタムラは、父が持ってきた縁談話に気が進まない。そんな時、混血のハナコがメイドとして家にやってきて、生け花のように整っていたアヤメの人生をかき乱す。  
・The Lotus of the Sublime Pond, 2000, Jewish Women’s Theater Project, Hollywood
地方の元気のいい娘が帝の寵愛を受けることになった。帝は彼女を変えることはできないが、彼女が朝廷に連れてこられた後に起こる混乱によって、彼女が国を変えることになる。タイトルは源氏物語に出てくる「崇高が池の蓮」で、美しい楊貴妃の喩え。
・The Peculiar and Sudden Nearness of the Moon, 2006, Sacramento
 白人男性と結婚した白人女性が、黒人の子どもを産んでしまい、女性は自分が誰なのかを発見する旅に出る。そして人生の不思議さを実感する。
・The Shedding Tiger, 2001, Sacramento Theater Company, Sacramento
日本のバブル経済が崩壊した後、良家の娘で、父親の財産を受け継いだミナコ・サクライを取り巻く状況が一変する。虎の皮を被った狐の逸話のごとく、ミナコも自分が剥き出しになっていくが、その体験を通して人間性を発見していく。1998年の京都が舞台。
・Waiting for Tadashi, 2002, New Brunswick George Street Playhouse, NJ
 黒人の米軍人と娼婦の間に生まれた戦争孤児、タダシ・レインは、50歳を迎えて、20年間疎遠になっていた養母を探す旅に出かける。その旅を通して、タダシは自分を発見していく。
・The House of Chaos, 2007, American Repertory Theatre,
財産、遺産を騙し取られ、姦淫されたある日本人女性が、名誉を回復させるために異常な手段をとる。エウリピデスの「メディア」から着想を得た作品。
・Calling Aphrodite, 2007, International City Theater
 ヒロシマで被爆した女性が、戦後、原爆乙女として治療のためにニューヨークに行く。ギリシャ神話の女神、アフロディテが、登場人物と女性と美や愛について語る。

日本での上演(作品名、上演年、劇団名か制作者名、上演場所)
・ティー(Tea)1993年 尼崎ピッコロシアター 大阪
・ティー(Tea)1995年 国際青年演劇センター シアターΧ(カイ) 東京
・ティー(Tea)1998年 広島大学 広島
・ティー(Tea)2009年 劇団ユニットプラグイン 小劇場楽園 東京
・ヒロシマよ、アフロディテよ-女と影-(Calling Aphrodite)2008年 
東京演劇アンサンブル ブレヒトの芝居小屋 東京

テレビドラマ脚本・制作
American Dreamers, PBS, 2006
アメリカの砂漠に住む人たちの視点から、都会人の生活を問う。

参考資料
・「たたかう女たち」河原崎やす子『AALA Journal』No.2 1995 
・Japan’s Post-War Democratization-agrarian reform and women’s liberation in Houston’s Asa Ga Kimashita, Masami Usui,『AALA Journal』No.5 1998
・Asian American Culture on Stage, Yuko Kurahashi, Garland Publishing, 1999
・Yellow Light, Amy Ling, ed., Temple University Press, 1999
・Identity Politics of Asian American Drama; the theoretical landscape of Philip Kan Gotanda and Velina Hasu Houston 貴志雅之 「大阪外国語大学英米研究26」 2002
・『アメラジアンの子供たち』 S.マーフィー重松 集英社 2002
・「ヒロシマよ アフロディテよ-女と影-」公演パンフレット 2008年8月10日
・「海を渡った花嫁物語」『海外移住資料館便り No.17』2009年8月 海外移住資料館

参考ビデオ
・Do 2 Halves Really Make a Whole? 監督Martha Chono-Helsley, CAAM, 1993

参考ウェブサイト
http://www.velinahasuhouston.com/
ベリナ・ハス・ヒューストンの公式サイト。彼女のプロフィール、出版物、作品の上演記録、獲得した数々の賞、講演、シンポジウムなどへの参加の記録、ヒューストンに関する評論、などが事細かに書かれている。また、両親や家族の写真なども紹介されている。

*本稿は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 のコラムシリーズ『二つの国の視点から』第7回目からの転載です。

© 2009 Association Press and Tatsuya Sudo

amerasian hapa literature nisei playwright velina hasu houston writer

このシリーズについて

海外に住む日系人は約300万人、そのうち在米日系人は約100万人といわれる。19世紀後半からはじまった在米日系人はその歴史のなかで、あるときは二国間の関係に翻弄されながらも二つの文化を通して、日系という独自の視点をもつようになった。そうした日本とアメリカの狭間で生きてきた彼らから私たちはなにを学ぶことができるだろうか。彼らが持つ二つの国の視点によって見えてくる、新たな世界観を探る。

*この連載は、時事的な問題や日々の話題と新書を関連づけた記事や、毎月のベストセラー、新刊の批評コラムなど新書に関する情報を掲載する連想出版Webマガジン「風」 からの転載です。