鍼医のパイオニアだった父(スペイン語)

鍼医のパイオニアだった父(スペイン語) 戦後、アルゼンチン定住を決意(スペイン語) 戦時中の苦難(スペイン語) 戦時中、日本帝国軍に従軍(スペイン語) 戦後アルゼンチンに戻る(スペイン語) 日系人としての誇り(スペイン語) 運の強い男(スペイン語)

書き起こし文章は右記の言語でご覧になれます:

(スペイン語)私の父はマッサージ師で、運動療法士でした。当時まだ鍼治療というのは知られていなかったのですが、父が初めてアルゼンチンへ導入しました。日本人の間では既に父が「鍼・鍼灸」をやっていたということを知っていたようです。治療用の鍼はプラチナでつくられており、日本から輸入することは禁止されていたのです。それでは、どのように持ってきていたのでしょうか。昔は日本の古新聞を巻いてその中に鍼を入れて持ってきていたようです。父はこの鍼治療のパイオニア的存在でした。そして、お灸も施していたのです。

日付: 2006年9月18日
場所: アルゼンチン、ブエノスアイレス
Interviewer: タケシ・ニシムラ、リカルド・ホカマ
Contributed by: アルゼンチン日系センター

acupuncture health

ここでは、オーラル・ヒストリーインタビューに必要な基礎知識をご紹介します。

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