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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その4/9
その3>>3.『NY文藝』の内容(1)創作(その1)あべよしおと秋谷一郎は『NY文藝』の編集と発行に中心的な役割を果たしたが、彼らはまた創作においても重要な存在であった。したがって、まずこの2人の作…
山本 岩夫 • 2011年9月16日
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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その3/9
その2>>創刊号に掲載された作品の中で創作の占める比率が圧倒的に高く、評論や随筆、詩、短歌は少ない。これが『NY文藝』の特徴で、この特徴は最後まで維持されることになる。
カール・ヨネダと三田穢土が作…
山本 岩夫 • 2011年9月9日
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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その2/9
その1>> 2.『NY文藝』の創刊とその後の経過 『NY文藝』は1955年に創刊され、1975年の第11号をもって終刊となった。創刊および発行の継続に中心的な役割を果たしたのが、編集兼発行人…
山本 岩夫 • 2011年9月2日
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アメリカ東海岸唯一の文芸誌『NY文藝』―その1/9
はじめに 1955 年、ニューヨークで『 NY文藝』が創刊された。ロサンゼルスで『南加文藝』が創刊される10年前のことである。その第3号に「ニューヨークで発行されるアメリカ唯一の文芸同人雑誌」と…
山本 岩夫 • 2011年8月26日
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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その8/8
その7>>4.『ポストン文藝』の特色と果たした役割『ポストン文藝』の第一の特色は、特定の集団ではなく一般の収容者を対象とした総合雑誌であったこと。内容は文学のみならず、様々な娯楽的要素をもった読物や…
篠田 左多江 • 2011年8月19日
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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その7/8
その6>>『ポストン文藝』を多彩な総合雑誌にしているのは、芸能の記事や写真が華いだ雰囲気を添えているからであろう。この時期にもっとも人気のあったスターは、日本舞踊家の藤間勘須磨(濱口須磨子)で、彼女…
篠田 左多江 • 2011年8月12日
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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その6/8
その5>>かつて日系人の文学は短詩形文学中心であったことから、この『ポストン文藝』の中の短詩形文学作品の数はたいへん多い。
詩の分野では第一に外川明の名をあげることができる。彼は1903年、山梨県南…
篠田 左多江 • 2011年8月5日
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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その5/8
その4>>木内春波(貞勝)の「おもかげ」(45年7、8月号)は、初恋に破れて転落の人生を送った男が老人となって収容所の病院で死の床に横たわるとき、優しい看護婦に出あう。それはかつての恋人の娘だと分か…
篠田 左多江 • 2011年7月29日
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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その4/8
その3>>発行部数を完全に把握することはできないが、44年7月号が600部、1年後の45年7月号が1,000部という記録がある。多くの熱心な読者をもつ『鉄柵』でも発行部数は800部であったから、『ポ…
篠田 左多江 • 2011年7月22日
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望郷の総合雑誌 - 『ポストン文藝』 その3/8
その2>>2.『ポストン文藝』の創刊と目的ポストンで最初に文学活動を開始したのは「ポストン歌会」で、1942年9月に第1回歌会が開かれたという記録がある。開所当時は印刷物の配布が禁止されていたため、…
篠田 左多江 • 2011年7月15日