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「NIKKEI」を繋ぐ道

ペルー、クスコの道

2017年1月30日、深夜。23時間もの空の移動を経て、ペルー、リマのホルヘ・チャベス国際空港へ到着した。ごった返す到着ロビーで、足早に懐かしい瞳を探す。いた!待ちくたびれる日系ペルー人の親戚の瞳と交差した。「おかえり」の言葉に、この国で4年間を過ごした記憶と新しい出会いへの期待が重なり、南半球の真夏の熱風が一気に体と心を火照らせた。

今回の滞在は、“OKINAWA LATINA(オキナワ・ラティーナ)”初海外公演が目的。“OKINAWA LATINA”とは、2015年に発足した“沖縄とラテンを音楽でむすぶプロジェクト”だ。

発起人はディアマンテスのボーカル、ペルー出身のアルベルト城間。私は、南米のご縁で、主催として携わっている。実は、このペルー訪問に際して私たちは、「日系人アーティスト発掘オーディション」という大きなイベントをもうひとつ企てていた。その発端となったのが、昨年の10月に、『第六回世界のウチナーンチュ大会』連携事業として沖縄で開催した“OKINAWA LATINA”。

二度の選考会で4組に絞られた候補者の審査風景(左から)アルベルト城間、イクマあきら、トム仲宗根、糸数聡、仲宗根ゆうこ(写真:Gerardo Higa)

昨年の公演では、沖縄で時折ライブを行なっているカナダ在住の日系人兄弟バンドである金城ブラザーズ、そして、私がプロデュースに関わっているアルゼンチン在住、日系4世のグース外間を招聘した。彼らは、生まれた国のカルチャーを存分に吸い込んで育った今時の若者だ。

金城ブラザーズの「ME MINUS YOU」は、沖縄民謡「谷茶前」の旋律をフューチャリングしたオリジナル曲だが、レゲエ調で軽快に“失った恋”を謡い、都会の空気がこぼれる。また、グース外間の「時空の花」は、南米へ移民した祖父母の人生をバラードにのせているのだが、悲哀の中にも気品を漂わせる。彼らの歌は、自国と心の中に膨らむルーツ、“オキナワ”と“ニッポン”、これらのパッションを織り成しているように聴こえる。その響きは日本に住む私にとってはフレッシュであり、ショッキングであり、“カッコイイ!”と言わずにはいられない。

なぜ、彼らの音楽にこんなにも心を奪われるのか?その正体を突き止めたくて、「あなたはナニ人だと思って生きていますか?」という質問を投げかけたことがある。グース外間は、「ボクはアルゼンチン人でも、日本人でもないと思う。たぶん、日系という人種なんだろう」と答えてくれた。その頃から、私の頭の中には「NIKKEI」という文字が居座り始めた。あの琴線に触れるようなサウンドは、彼ら日系人にしか創造し得ない、新しい領域なのではないだろうか?と。

歌だけに止まらず、ダンスやペルーの楽器、カホンを取り入れてグランプリを手に入れた「マルコ(左)&メリッサ(右)」(写真:Gerardo Higa)

企画を職業とする私の中で、“接続の虫”が蠢き始め、空想の世界日系人分布図のドットがピコピコと点滅を繰り返す。おこがましくも、日系人の歌声を伝えることこそが、私たち“OKINAWA LATINA”の使命と思えてならなかった。そんな思いから、「オーディションの勝者には、沖縄公演への切符を」という企画が浮上し、昨年12月、ペルー在住の日系人に向けて公募を配信した。選考基準は、日系人らしさとオリジナル曲の二点。沖縄にも東京にもない音を求めたオーディション当日、長い審査会議の末に沖縄への切符を手にしたのは、「マルコ&メリッサ」というユニットだ。音楽作りを担当し、三線の超絶技巧の腕を持つマルコがメインボーカルのメリッサと奏でる音楽は、ラテン・ロックをベースに、明るい沖縄民謡の要素を散りばめた小気味よいフュージョン。リマの雑踏の中を無防備で駆け抜けるような、若々しい力がみなぎる彼らの音楽観を「NIKKEI」と呼ぶのか?と尋ねられると、正直、まだ答えは見つかっていない。

今年10月に開催される“OKINAWA LATINA”での初お披露目の日まで、イクマあきら氏も加わり沖縄とペルーで意見を投げ合って、遠隔での音楽作りが続くことになる。

アンコールでは750名ものスタンディングオベーションとなった“OKINAWA LATINA”初海外公演。ディアマンテス、イクマあきら、グース外間(アルゼンチン)、ジョン安座間(ペルー)らが出演(写真:Gerardo Higa)

かつて、移民船に三ヶ月も揺られて、ウチナーンチュが初めてペルーの地を踏んだのは111年前のことだ。後に、1985年、アルベルト城間は日系人音楽コンクールで優勝し、演歌歌手を夢見て来日。その直後、ペルーの大インフレ、テロの激化などによって政治経済は混迷し、多くの日系ペルー人が出稼ぎの場を日本に求め、逆移民が始まった。そして、私は85年前、ペルーへ移住した祖父母の陰映を道標に、沖縄で企画という仕事を生業とし、世界のどこかに潜む、日系ミュージシャンの放つ眩耀を追い、海を越える。永きに渡り、海の上の往来を繰り返すウチナーンチュの軌跡。それは、漆黒に染まる交差の地点に引き寄せられているかのようだ。

ペルー、クスコの市場

折しも、ペルーは今、空前のガストロノミーブームに沸き、ヨーロッパの名だたるシェフらが、ペルー料理の真髄を見極めるべく足繁くリマへと通う。彼らを虜にしているのが、「NIKKEI」というジャンルの料理だ。それは、日系移民が現地の限られた食材で、試行錯誤しながら故郷の味を子孫に受け継いだことに始まった。沖縄、日本、ペルーの食が絶妙に融合されている。昨年、料理界の潮流の指標となる英国の「世界ベストレストラン50」において、欧州勢が上位に連なる中、ペルーの日系レストランが13位にランクインした。彗星のごとく世界レベルに躍り出た「NIKKEI料理」は、日系人の誇りとなった。

創造の世界は、心の繊細な部分と深く向き合う作業の積み重ねだ。鶴の恩返しのようにひと羽、ひと羽を体から引き抜き、身を削り、自身の根っことなる本質を弄りながら紡いでゆく。

日系人音楽家の根っこにあるのは、二つの国を想う「NIKKEI」というアイデンティティとの対峙のように思える。私は彼らの感性のカケラをも見落とさぬよう、沖縄と日本、そして世界の「NIKKEI」を繋ぐ道を模索してみたい。

 

* 本稿は、 「モモト」30号(発行 / 編集工房 東洋企画)から転載です。

 

© 2017 Yuko Nakasone

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