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日系アメリカ文学を読む

第8回 『カリフォルニア州 ヨコハマ町』

最初の日系アメリカ人作家ともいわれるトシオ・モリ(Toshio Mori)が、1949年に出版した短編集が『Yokohama, California』(The Caxton Printers, Ltd., Calldwell, Idaho)である。それから29年たった1978年、日本で『カリフォルニア州 ヨコハマ町』として大橋吉之輔の訳で毎日新聞社から出版された。

場面は戦前のアメリカ西海岸の日系人社会だが、時代と国境を越えても、変わることのない人間の本質といったものが、日常の物語のなかで生き生きと描かれ、今日もなお読み応えのある作品であることがわかる。しかし、残念ながらかなり前に絶版となっている。

『Yokohama, California』の出版にあたっては、同時代の名だたる小説家であり戯曲家のウィリアム・サローヤン(1908~1981)が序文を寄せている。サローヤンは言う。

何千人といるアメリカの隠れた作家の中で、トシオ・モリほど英語を書くことが下手な人は、三人といないであろう。

にもかかわらず、トシオ・モリはおそらく現在アメリカにおける最も重要な作家の一人である。

その理由として、サローヤンは、モリは「物を通して真実を見、人間を通して、愚者を偉大で厳粛なヒーローに変える不可思議で喜劇的で憂鬱な真理を、見ることができる」眼を持っていて、また真の作家として「理解、同情、寛容、温情」といった心を持っていると賞賛する。

サローヤンは、トルコからアメリカに逃れたアルメニア人移民を父に持つ二世で、アメリカでの同胞社会を、二世の少年の目を通して温かくユーモラースな視点から描いた『My Name Is Aram』という作品を残している。日本では新潮文庫の新訳・復刊シリーズのなかから昨年、柴田元幸訳により『僕の名はアラム』として復刊されている。

日系二世であるモリの描いているのも、サローヤンと同じく、カリフォルニアの日系コミュニティーのなかで生活する人々の人生模様である。『僕の名はアラム』の訳者あとがきによれば、サローヤンは「エドガー・アラン・ポーとO・ヘンリーのことを忘れて書け」というのを、自分の書き方のルールの一つとしていたという。つまり、計算されたストーリーは書かないということだが、この点についてもモリの作風にも通じるものがある。

モリは1910年カリフォルニア州のオークランドで生まれた。サンフランシスコ湾の湾岸に位置する都市だ。広島県で農業を営んでいたモリの父親は、妻と二人の息子を置いて単身渡米、ハワイのサトウキビ畑で働いたのちオークランドで風呂屋を経営した。その後妻子を呼び寄せ、三男であるモリが生まれた。

やがて一家はオークランド郊外のサン・リアンドロという町に移り、カーネーションなどの栽培を始めた。地元の高校ではスポーツで名を馳せ、とくに野球が得意で、短期間ながらシカゴ・カブスに在籍していたこともあったという。           

両親の営む花の栽培の仕事を継ぎ、その合間に寸暇を惜しんで創作活動に打ち込んでいたモリは、大戦中はユタ州のトパーズ収容所にいた。が、その間も作品を書き続けた。

モリは、若いころアメリカの作家、シャーウッド・アンダスンの『ワインズバーグ・オハイオ』(Winesburg, Ohio 1919年)を読んで感銘を受けたことから、これにちなんで自作のタイトルを『カリフォルニア州 ヨコハマ町』としたという。

また、モリの両親の出身地である広島県西部の瀬戸内沿岸に、地元でヨコハマと呼ばれる地域があったという。短編集で描かれる世界は、モリが暮らしたサン・リアンドロの町がモデルになっていることは明らかだ。

モリの短編は、とくにドラマチックな展開や“オチ”のある物語ではなく、ごくふつうの人々や家族の日常のなかの出来事ややり取りを描いている。そこでの人情話は、普遍的な面白みがある。

「花を召しませ」(Say It With Flowers) は、日本人の花屋で働く若者が、お金儲けを優先する花の売り方にがまんできなくなり、店の方針に反して、お客にとって素晴らしい花を売り、最後はすがすがしい思いで店をクビになっていくという話だ。

短編集の中には、日本から移民してきた人間たちの世界にしかない物語もある。「ノダ家の人たち」(Nodas In America)では、父親が幼い子供たちの無邪気な質問に答え、アメリカに来た理由や、苦労話をして聞かせる。新しい国での新しい家族の歴史が積み重なっていく様子を読者はほのぼのと感じるはずだ。

 「子供たちよ」(Tomorow Is Coming Children)は、一世の祖母が孫に聞かせる自分の人生と覚悟である。日本から嫁いできた祖母は、いま戦争がはじまり収容所にいる。そこでアメリカ社会での人生を振り返る。そして、戦争は非道だが、戦争によって自分の心がどこにあるのかわかったという。「アメリカで死んで、アメリカの土になりたい」と祖母は語るのだった。

トシオ・モリにはこのほか「The Chauvinist and Other Stories, 1979」や「The Woman from Hiroshima, 1980」の作品がある。

(敬称略)

 

© 2017 Ryusuke Kawai

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Sobre esta serie

日系アメリカ人による小説をはじめ、日系アメリカ社会を捉えた作品、あるいは日本人による日系アメリカを舞台にした作品など、日本とアメリカを交差する文学作品を読み、日系の歴史を振り返りながらその魅力や意義を探る。