おばあさんの手紙 ~日系人強制収容所での子どもと本~

東京にある、子ども文庫の会の青木祥子さんから、今から10年か20年前に日本の新聞に掲載された日系の方の手紙のことをお聞きしました。その方は、第二次世界大戦中アメリカの日系人強制収容所で過ごされたのですが、「収容所に本をもってきてくださった図書館員の方のことが忘れられない」とあったそうです。この手紙に背中を押されるように調べ始めた、収容所での子どもの生活と収容所のなかでの本とのかかわりをお届けします。

* 子ども文庫の会による季刊誌「子どもと本」第133号~137号(2013年4月~2014年4月)からの転載です。

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第五章 戦後の新たな出発:1945年以降(1)

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そうです。青木祥子さんが前号(「子どもと本」第136号)の表紙に書かれたように、収容所を出た日系人は、長い間、負った傷をだれにも話さずに来ました。日系人には何の落ち度もなかったのですが、収容所に入れられたことで、何か自分たちに落ち度があったのかも知れないとの恥や罪の思い。話すことによって、心の底に埋めた怒りや痛みが吹き出してくることへの不安。済んだことは済んだこと、しかたがなかったとの諦め。子どもに食べさせるだけで精一杯で、他のことは考えられなかった日々。

ワシントン大学のテツデン・カシマ教授はこのような思いを「社会的記憶喪失」と呼び、次のように説明を続けます。精神的な病ではなく、集団で、あ…

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第四章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 後編(6)

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3. 1945年

キャンセルになった対抗試合———

1年中砂嵐は止まず、雪もちらつく早春のマンザナーですが、高校の男子バスケットボールチームは近くの町のビショップ高校との親善試合に備えて熱気にあふれていました。何しろ初めて相手校に出向いて行く試合でしたから、みんなの気合いも相当なものです。西部防衛司令部の外出許可もとり、チームが出発するという2、3時間前に、ビショップ教育委員会は急に試合をキャンセルしてきました。町に日系人がやってくるというので、コミュニティからの反発があるかもしれないという理由で。転住局が残したこの件についての報告書の中に「若者と偏…

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第四章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 後編(5)

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2. 1944年

交換船で日本からの慰問品届く———早春

日米間の捕虜の交換船で懐かしい祖国の薫りが届きました。日本での「敵国在留同胞救援資金募集」で集まった資金で調達した物資が、赤十字経由で届いたのです。1 第一次交換船では緑茶が、第二次交換船では緑茶、味噌、醤油、薬品、娯楽品、書籍が届いています。シアトルの日本語学校の先生をしていたミニドカ収容所の吉武とみかの日記から——— 

二月一日  
二十度 [摂氏マイナス6度]。晴天。雪もとけて道の悪い事おびたたしい。然し、暖い事、春のやう。日中は七十度 …

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第四章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 後編(4)

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子どもの日常———夏 

高校生ぐらいになると、野球、バスケットボール、ダンスパーティと組織的な娯楽が多くありましたが、ローティーンの組織的活動は限られていて、グループで収容所内をぶらついていて、問題を起こすことが多かったようです。そこで、管理局はボーイスカウト、ガールスカウトの活動を導入したり、少年を集めてタクル・フットボールチームを作ったりしています。ハートマウンテン収容所で少年時代を過ごした13歳のベーコンのレポートから子どもの日常を———

もう少しすると、キャンプの敷地を離れなければ、有刺鉄線の囲いの外に出て…

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第四章 荒野の強制収容所:1942年から1946年にかけて — 後編(3)

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出立のとき

27番目と28番目の質問に「イエス、イエス」と答え忠誠と認められた人々は、入隊、または仕事、学業で早く収容所を出て、アメリカ中西部や東部の町に移るよう奨励されました。学業半ばで立ち退きにあった二世の学生を大学に戻す手助けをするために、クエーカー教徒のアメリカン・フレンズ・サービス委員会が後押しをして、全国日系アメリカ人学生転住協議会をつくり、すぐに仕事にとりかかり、4,000人以上の学生を軍事制限地区以外にある6,000以上の大学へ送る手助けをしています。クエーカー教徒は、新しい都市に来た日系人の一時的な宿を提供するホステルも用意しました。トパーズのヨシコ・ウチダ、ミニドカのルイ…

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