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広がる「ゆいまーる」精神 -進出企業と沖縄系社会の「出会い」から- その2

>>その1

沖縄系社会との出会い

大城さんは一人息子の博樹さんを副社長に据え、米国での事業を展開していった。

博樹さんはまず、沖縄系の人たちの家庭を訪問、還元水生成器の機能について懸命に説明して回った。日夜こうした地道な努力を続けた。沖縄の人たちだったからこそ、訪問を快く受け入れてくれたのであり、説明を快く聞いてくれたのだった。こうして次第に販路を拡大していった。

その後、販売対象を日系社会へ、そして米国一般社会へと広げ、さらに努力を重ねていく。

2年後、ロサンゼルスに次いでニューヨーク、シカゴ、ハワイに支店を設置、サンフランシスコにも支店をオープンした。今後ヨーロッパへと販路を伸ばし、グローバル化への道へとつながっていくことになるが、ヨーロッパ進出の夢は、05年にホワイトハウスで開かれた大統領の朝食祈祷会にアドバイザーの前原さんが招待され、同伴でワシントンを訪れた際に芽生えていたものだった。

こうしてエナジック社は順調に事業を拡大していったが、大城さんは、米国進出当初の沖縄県系社会との出会いを一時も忘れていない。「ゆいまーる」精神である。

大城さんはそれを、北米沖縄県人会への寄付という形で実現していった。寄付は再三再四にわたるが、大きいものでは、ガーデナ市にある沖縄県人会館のエレベーター設置に向けての金銭的援助だった。

県人会館は99年に開設。その後、3つのビルを改造して、県人会センター、山内ビル、東ビルとして会員に利用されているが、センタービルの二階にある事務所と図書室へのアクセスが、特に高齢の会員らには不便をきたしていた。そのためエレベーター設置の必要性が叫ばれていたのだが、それを知った大城博樹さんは05年、県人会を訪れて5,000ドルを寄付した。

また、北米沖縄県人会創立100周年を迎えた09年には、100周年記念実行委員会に1万ドルを寄付。「利益の還元」を着実に進めていった。

役員の面々。左から金城義男、大城会長夫妻、比嘉孝一郎副社長、チャーリー・チューコンベンション実行委員  

「世界大会」の涙

エナジック社の米国支社設立7周年のコンベンションはラスベガスのマリオットホテルを会場として開かれた。米国での販売数はこのときまでに15万台。年間総売上額は200億円に達していた。7周年記念の大会は、これまでの足跡を振り返りながら、それを今後の事業展開のバネにしていくことを期したもので、還元水の人体に与える機能について医師にスピーチしてもらうなどしたが、メインはそれぞれの国のエージェントの体験談をみんなでシェアするという「証言」の時間。世界20カ国から参集した1,300人のうち、トップセールスの250人が体験談を次々に語った。

今はトップセールス・エージェントとして、コンベンション会場で表彰されたある男性のエージェントの話は、大勢の参集者の注目を集めた。彼は還元水生成器を購入した後、経済的に厳しい状況に陥ってしまい、一切の支払いが滞ってしまった。どうしようもなく、自殺まで考えたという。しかし、その話を耳にした大城さんは自分のポケットマネーを融通し、彼を窮地から救った。情けに感動した彼は一大奮起してセールスに邁進。それから半年後のトップセールス・エージェント表彰だった。

チリから親子3人で出席した元ミス・チリのロージー・デーニャさんの話も感動的だった。

チリにはまだエナジック社の支社はないが、還元水のことは聞き知っており、コンベンションで大城さんと会うことができたことに深く感謝。最近起こったチリでの炭坑事故のことに触れ、「炭坑から奇跡的に救出された鉱夫たちに還元水を飲んでもらって、一日でも早く元気を取り戻してほしい」と述べ、「そのためにも、チリ支社の設立を」と要望した。

支社のないチリからの参加者が、人に情けをかける「証言」をしている。そして、情けをかけられたことが、いかに人に影響を与えるかの「証言」。沖縄系との出会いから始まったこの7年の「ゆいまーる」の道は、こうして一つの一里塚に達した。その感動が涙となった。

大城さんは、7年間にわたって見て、感じて、そして体験してきた米国のエネルギーに感銘を深めており、今後、営業本部を米国に移す意向も表明した。

大会の最後は、大城さん得意の三線。沖縄および琉球文化(沖縄音楽)を代表する弦楽器の三線だ。大城さんの演奏に呼応するように、妻の八重子さんが踊る。参加者は全員総立ちで大きな拍手を送った。

こうして大城さんの「ゆいまーる」精神は、これからも沖縄系の人たちに囲まれながら、着実に広がっていくにちがいない。それが大城さんの意向であり、沖縄系の人たちの確信である。

コンベンション当日、実行委員及び顧問。

*本稿は、長島幸和氏による編集です。

© 2011 Sadao Tome

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