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実現しなかった五輪出場―「スリー・イヤー・スイム・クラブ」と「コーチ」ソウイチ・サカモトの生涯に触れる

イースト・ウエスト・プレイヤーズ(East West Players)は羅府の小東京交番のすぐ近く、相磯街(Judge John Aiso Street)の120番地にある劇場です。これは、1976年まで羅府合同教会(Los Angeles Union Church)の礼拝堂として使われていた建物を改築したもので、これまでに多くのアジア系アメリカ人の歴史を題材とした作品が演じられてきました。

わたしがこの建物のことについて知ったきっかけは、いつもお世話になっている永松先生のお母さんが、合同教会で結婚式を挙げたことをわたしに語ってくださったことでした。その時以来、わたしはここを訪れたい考えていましたが、スケジュールの都合などで小東京に来ることはあっても、この劇場に足を運ぶことはありませんでした。

しかしながら、機会というものは突然やってくるものです。ラッキーなことにわたしは先日、友人の藤田文子さんの誘いで、この歴史的劇場にて演劇を観る機会を得たのです。この劇場を訪れること、さらには、20年ぶりに演劇を鑑賞すること、わたしはまるで宝くじに当たったような気分でした。

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今回、藤田さんとわたしが観たのは「スリー・イヤー・スイム・クラブ(Three Year Swim Club)」と題されたもので、ハワイはマウイ島の日系社会にあった競泳部をモチーフにした演劇です。地元の高等学校において化学を教えていたソウイチ・サカモト氏が「スリー・イヤー・スイム・クラブ」とよばれた競泳部をつくり、当時開催が予定されていた1944年東京五輪出場をめざして練習に励む4人の有望な若者たちと彼らを厳しく指導するコーチ・サカモトのお話でした。

観劇の当日、わたしたちは小東京で簡単な夕食を済ませたあと、開演のおよそ1時間前にイースト・ウエスト・プレイヤーズに到着しました。開演1時間前だと言うのに、すでに会場の周辺には十数名の人々が開演を待っていました。藤田さんによると、その日は公演の最終日前日ということで、キャンセル待ちをしている人々が多くいたとのことです。

開演のおよそ30分前、ようやく会場の扉が開きました。開演を待ちわびていた人々が次々と会場入りし、藤田さんとわたしも人ごみをかきわけるようにして、劇場のなかに入りました。開場から20分もたたないうちに、満席になりました。座席のなかには、パイプ椅子を使った急ごしらえのものありました。会場には多くの観客がいて、開演の直前になると、立ち見の観客がぞろぞろと入ってきました。これほどたくさんの人々が会場に集っているのを見て、日系社会におけるこの作品の関心度の高さをわたしは実感しました。

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この観劇で、わたしが最も印象に残ったシーンが二つほどありました。ひとつは、ブレイク・クシ(Blake Kushi)さんの演ずるコーチ・サカモトの演技です。わたし自身、この劇を観るまで「コーチ」のことを知りませんでしたが、クシさんの演技のなかに、実在の「コーチ」の考えや葛藤などを見ることができたことは、わたしにとっては良い学びの機会でもありました。

なかでも、わたしが気に入ったのは序盤のシーンで、クシさんのふんする「コーチ」が、自らの心の内を妻に語る場面です。初めて競泳部をつくった「コーチ」が、泳いだ経験のあまりなかった若者たちに五輪出場という大きな目標をかかげさせます。が、実は心のなかには大きな不安を抱えており、それを妻に打ち明けるのです。 史実においても、「コーチ」はこのような葛藤を繰り返していたのだろうと思います。また、社会的に認知度の低かった競泳を当時の日系社会がどのように受けいれたのか、五輪出場を目指す選手たちをどのような励ましていったのかなど、わたしはクシさんの演技をとおして、当時の「コーチ」のパイオニアゆえの不安や苦労を見て取ることができました。

また、中盤以降のシーンで、ナチス・ドイツによるポーランド侵攻や日中戦争などを理由に東京五輪の開催が日に日に危うくなり、選手たちの多大な努力が水の泡になることを心配するクシさんの演技は実に見事なもので、私には忘れられないものでした。特に、「コーチ」が、妻役を演じるカリコ・カウアイ(Kaliko Kauahi)さんにむかって、心の「うっぷん」をぶつけてしまい大ゲンカ寸前になってしまう場面は、とても印象的でした。

もう一つ、わたしの印象に残ったのは、クリエイティブな「泳ぎ」のシーンです。選手たちを演じたのは、ジャレッド・アサト(Jared Asato)さん、マプアナ・マキア(Mapuana Makia)さん、クリストファー・タケモト‐ジェンティル(Christopher Takemoto-Gentile)さん、ケルシー・チョーク(Kelsey Chock)さんの4人でした。実は、わたしは観劇が始まる前、どのようにして「泳ぎ」の場面を表現するのか、とても疑問に思っていました。当然のことですが、劇場のなかにプールをつくる・・・なんてことは期待してませんでしたが、その答えは、このお話の中心地であるハワイ諸島にありました。ハワイ諸島の日系社会では、老若男女問わず誰もがフラ・ダンスをを楽しみます。そのような社会的な背景を活かして、フラダンスを使って「泳ぎの演技」を披露したのです。

例えば、「コーチ」に言われるままに練習をやらされていた頃の「泳ぎ」を表現するフラダンスの動きは、明らかに「粗く」、自らの泳ぎに少しずつ自信をもってきた4人の動きは「積極的な泳ぎ」の演技に変わっていきました。4人の役者さんたちは、フラダンスの基礎を守りつつも、細かい手や足、そして体の動きをつくることによって、選手たちの心を見事に表現していました。フラダンスの動きを通して、「コーチ」のみならず、選手たちにとっても、「スリー・イヤー・スイム・クラブ」は試行錯誤の連続であり、「目的地のわからない旅」であったのだろうと言うことを感じ取ることができました。そして、五輪出場をかけた予選大会のクライマックスシーンでは、真剣勝負の泳ぎを表現するため、役者さんたちは非常に速い手と足の動きをつけることで、選手たちの五輪という国際的な大舞台に立とうとするアンビシャスな、強い心の内を上手に表現していたと、わたしは思いました。

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開演からおよそ1時間半、「スリー・イヤー・スイム・クラブ」は終演をむかえました。最後のシーンでは、「コーチ」のもとを巣立っていった選手たちの「その後」を、役者さんひとりひとりが心をこめて、大きな声で語りました。そのせりふのひとつひとつが、観客の心を打っていたことを、わたしは今でも鮮明に覚えています。五輪出場が果たせなかったことは非常に残念でしたが、ひとりひとりの選手たちが戦後のアメリカの競泳界をけん引していったことに、わたしは大きな感銘を受けました。

終演と同時にすべての観客が総立ちになり、長く大きな拍手を役者さんひとりひとりに贈っていたことも、わたしにとっては印象深いものでした。途中の休憩なしの1時間半という時間配分ではありましたが、観客の誰もが疲れを感じることなく、終演後も総立ちになって役者さんを讃えていたことは、この作品が優れた魅力的な作品であったことの証左であると、わたしは思います。

また、わたしは今まで、日系人のスポーツというと、ついつい柔道や剣道と思っていましたが、水泳という分野においても日系人が大活躍したことは特筆すべきことであると思います。そういった面でも、この演劇は、日系人のスポーツの歴史に、ひとつの光をもたらしたといっても過言ではありません。

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この劇のあと、個人的に「コーチ」についてリサーチをしてみました。驚くべきことに、当時の選手たちは、プールがなかったので、農業用のかんがい用水路をプール代わりに練習に励んでいたそうです。そして、戦後、ハワイ諸島のいたるところから多くの若者が、「コーチ」のもとへ競泳を学ぶためにやってきて、多くの優秀な水泳選手として巣立っていったのです。1966年には、「コーチ」ことソウイチ・サカモト氏は長年の教育者としての功績を讃えられ、国際水泳殿堂(International Swimming Hall of Fame)入りを果たしました。ちなみに、翌年には日本の古橋廣之進さんが殿堂入りを果たしています。

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最後に、私がこの演劇について付け加えたいことは、逆境のなかにおいても、努力を継続することの大切さを再確認することが出来たことです。当時きなくさい国際情勢という逆境のなか、スリー・イヤー・スイム・クラブの選手たちは、明るく希望に満ち、「将来」のために努力にしたことは、さきの震災という逆境のなか、復興のために努力をしている日本人にとって、ひとつの「模範」になるとわたしは思います。

わたしはこの作品をとおして、演劇の素晴らしさを学ぶことが出来ました。映画の鑑賞では絶対に感じることの出来ない、「ライブ感」や出演者たちの「オーラ」を肌で感じることが出来ました。演劇の魅力を実感することができたのです。そして、機会があればまた、何かしらの作品を観劇したいと思いました(蛇足ではありますが、実は、「次の機会」が数日後にあったことを、書いておきます)。

© 2012 Takamichi Go

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