「以前と同じことをやるだけ」
オレンジ・カウンティーのハンティントンビーチ。フリーウェイからはかなり離れた、目立たないショッピングモールの、これまた奥まった片隅にヴィーガンレストランVegiLicious(ヴェジリシャス)はある。カレーやラーメン、神戸焼肉丼といった日本的な料理もメニューに並ぶ同店のオーナーシェフが中尾昭さんだ。ヴィーガンメニューの店なので、当然ながらすべての食材が植物由来で、しかもオーガニック。そのヘルシーでしかも中尾さん自らが愛情を込めて作る料理の数々が評判を呼び、恵まれない立地条件ながら、グルメ系ソーシャルメディアでは長らく五つ星を獲得し続けている。
しかし、2020年3月、オレンジ・カウンティーも新型コロナウイルスによるロックダウンに突入、レストランは、テイクアウトとデリバリーのみという苦しい規制を科せられた。ところがFacebookを見る限り、VegiLiciousは中尾さんと接客を担当する妻の亜津子さんとで、毎日変わらずに営業しているようだった。営業面での規制が科せられた中、前年度の売上を超えた月まであったと書いてあった。その秘密は一体どこにあるのだろうか。12月中旬に私は過去に2度取材させてもらったことがある中尾さんに電話で話を聞く機会をいただいた。ちなみにその時期、南カリフォルニアは2度目の厳しいロックダウンに突入した直後で、営業は再びテイクアウトとデリバリーだけに制限されていた。まず、中尾さんにサバイブするために何か新しいこと、特別なことを3月以降に始めたのかを聞くと彼は「まったく以前と同じことをやっているだけです」と答えた。
「お客様に幸せになっていただくための料理を、全メニュー、毎日作ってお出ししてきました。3月以降、レストランの中には一時休業したり、時間を短縮したり、またはメニューを絞ったりするところもありました。でも、うちは通常のメニュー、通常の営業時間で以前と同じように店を開け続けています。また、ソーシャルメディアでの発信も毎日続けています。さらに、5000名の顧客のメールアドレスにもニュースレターを配信しています。店で食事していただいたお客様にはアンケートをお願いしていているのですが、メールアドレスをご記入してくださるお客様が多いので、そのアドレスでリストを作成しています。ニュースレターを作成することには確かに時間を取られるのですが、我々のような小さな店では変わらずに営業していることをお知らせすることは不可欠なので、力を入れてやっています」。
常連からの「開けてくれてありがとう」
そうした「いつもと変わらぬ取り組み」が功を奏したのか、2020年の3月で6割も落ちた売上が、5月に3割減まで持ち直し、7月にはほぼ通常に戻った。さらに、8月はコロナ以前に設定した売上目標を達成し、9月から11月までは前年の売上を超えた。
「お客様には、いつも店を開けていてありがとう、とお礼を言われます。また、サンクスギビングの当日には、開業して8年目で初めて営業しました。こんな時期ですから、皆さん、家で料理する機会が多くなっていて、サンクスギビングの料理まで作るのは億劫なのではないかと思いました。それで、数人でもいいから喜んでくれる方がいたら嬉しいという気持ちで店を開けたのです。そうしたら思った以上にたくさんのお客様に来ていただけました」。中尾さんは終始明るい口調で顧客とのエピソードを話してくれた。
しかし、店内飲食が禁止になったり、屋外席が許可されたり、行政側の規制が二転三転することに振り回されて疲労感を感じることはないのだろうか、と素朴な疑問が浮かんだ。それに対して中尾さんは、「屋外飲食が許可された時期、多くの店が大きなテントを設置して、そこにテーブルと椅子を置き、さらにヒーターも置いたりするところが少なくありませんでした。でも、我々の店はそこまでしなくても、できる範囲でやっていればきっとお客様は来てくれるという確信めいたものがありました」と話す。
「今のような時期は何のためにレストランをやっているのかを改めて考える、いい機会だと思います。自分軸をしっかり持って、お客様に喜ばれる料理とサービスを提供していくのだという基本に立ち返るべきなのです。これからは心がない作り手はこの世界から退場しないといけなくなるはずです。そして、本物の商品を手掛けていかないと絶対に生き残っていくことはできません」。
アメリカで能力が開花した
中尾さんはもともと、日本では何度も全国優勝した社会人レスリングの選手だった。アメリカでは焼肉店のマネージャーを務めていたが、自身の食生活に肉より魚、魚より野菜を多く取り入れた結果、ヴィーガンな食材で一番体調が良くなることを実感。焼肉店を辞めて、自分の店を8年前に立ち上げたという経歴の持ち主だ。その時の信念は8年経っても少しも揺らぐことがなく、ますます確固としたものになっているようだ。
そして、ヴィーガンに出会い、自分の店を開けたアメリカという国が中尾さんに何をくれたのかと聞いてみた。「潜在能力を一気に開花させてくれました。日本でもお店をやっていましたが、やりたいことをやろうとしても出る杭は打たれてしまいます。アメリカでは自分の能力を発揮できる環境があります」。中尾さんのヴィーガン料理のファンとして、、この苦しい時期を乗り越え、より多くの人に中尾さんの料理を味わってほしいと願っている。最後にサンクスギビングディのようにクリスマスや元旦にも店を開けるのかを尋ねると、「いやあ、僕は日本人ですからね。元旦だけは休もうと思います」と答えた。
VegiLiciousウェブサイト:www.vegilicious-us.com
© 2021 Keiko Fukuda