ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2024/4/15/toshi-sato/

1996年渡米、世界一ベンツを売るセールスマン、佐藤トシさん

井の中を飛び出した蛙

メルセデス・ベンツ・オブ・ロングビーチのショールームで。

アメリカにやって来る日本人、いわゆる新一世の多くは言葉の壁を感じるからか、日系企業に勤務する人が多い。しかし、ロングビーチのメルセデスベンツに所属する「世界一ベンツを売るセールスマン」である佐藤トシさんは、顧客のマジョリティーが非日系であるだけでなく、ベンツを売る業界内にも他に日本人のセールスはいないと語る。

「2005年にここでベンツを売り始めてから、私は3カ月でナンバーワンになりました。しかも英語が上手ではなかったので、他のセールスがお客様にどう言っているか、その英語をメモして自分でスクリプトを作っていました」。

英語がたとえ上手ではなくても、チャレンジ精神があれば、アメリカで日本人にできることはもっとあるのだとトシさんは強調する。

「日本人はもったいないことをしていると思います。日系よりも現地の会社で、英語で勝負する方がチャンスは大きく広がります。かく言う私も最初は日系企業に現地採用として入社しました。しかし、同じ仕事をしていても現地採用だと日本からの駐在員に比べると給与は三分の一、しかも上限が決まっていました」。

高校の一時期、カリフォルニアで過ごしたことがトシさんにとってのアメリカ初体験だった。その後、日本のディズニーランドの運営会社を経てハワイに語学留学したものの、その後、現地で仕事が見つからず、日本でホテルに再就職。しかし、どうしてもハワイに暮らしたいという気持ちを諦められなかったために、開業予定だったアミューズメント施設の仕事に飛びつき、再びハワイに渡るも建設計画が頓挫。結局、現地採用で就職したハワイの日系旅行代理店での「お客様相談室長」が、トシさんにとってのアメリカでの最初の仕事だった。


日本人的なサービスを武器に

しかし、そこでの職場環境は贔屓目に言っても決して居心地の良いものではなかったと振り返る。「日系の企業の中にいると井の中の蛙で、外の世界のことが分かりませんでした」と語るトシさんは、より大きなチャンスを求めてハワイからアメリカ本土に渡った。

「車を売る仕事、特に憧れだったベンツを売る仕事に就きたい」と、ボルボのセールスを経て2005年に今も籍を置く「メルセデス・ベンツ・オブ・ロングビーチ」で働き始めた。そして、英語環境の中で瞬く間にトップセールスマンに上り詰めたわけだが、秘訣は「日本人らしく誠心誠意お客様に尽くすこと」だと語る。

「日本人としてのアイデンティティーを大切に、お客様にお辞儀をするといった、日本では当たり前のことをアメリカ人のお客様に対しても徹底的に行っています。日本では当たり前のことですが、アメリカでは当たり前ではありません。だからこそ、喜んでいただけるのだと思います」。

これまで数千人の顧客にベンツを販売してきたが、買い替えの時もトシさんを指名し、また知り合いを紹介してくれるのは「日本式のサービス」がアメリカ人に受け入れられているからだと語る。しかし、一口にアメリカ人と言っても、アメリカは移民の国であり、ベンツを購入していく顧客も世界中のさまざまな国からアメリカンドリームを目指して渡ってきた移民なのだ。

「私のお客様はインド出身だったり、韓国やカンボジアからだったりと、出身国は実にさまざまです。この国でゼロから挑戦を始めた方、そして成功したらいつかその証としてベンツを買いたいという願いを胸に頑張ってきた方が多く、そのような方にベンツをお売りすると私自身も非常に誇らしく感じると同時に、アメリカは実力主義の国だということを再確認します」。


今の日本人は「欲がない」

実力主義と言えば、トシさんの仕事は販売した額に応じて収入が入るフルコミッション制だ。頑張って売れば売るほど自分の収入になる。その結果、「世界で最もベンツを売るセールス」として実力を証明したトシさんは、前述のようにせっかくアメリカに来てもアメリカの企業に挑戦しない日本人を「もったいない」と語ったが、一方で日本の中の日本人はどのように映るのだろうか。

「今の日本人は残念に映ります。一生懸命やることはカッコ悪いと思う人が多いような気がします。頑張ってベンツ買うことに価値を見出さない。つまり、欲がなくなっているのです。実は先日、日本の某有名企業の社長がショールームにいらっしゃったのですが、私は社長と知らず『日本の会社はもっと本気でアメリカ市場に挑戦すべきだ。日本人の人口は少ないがスパニッシュの人口が断然多く、フィリピーノの世帯収入が高い。アメリカでビジネスをやっていて、日本人だけを相手にするのではダメだ』と1時間ぶちかましてしまいました(笑)」。

夫人のリサさんと一緒に。

こうして、欲のない日本人を憂うトシさんだが、日本人の配偶者をサポートする目的でアメリカのパスポートを取得したアメリカ国民だ。「それでも、心の中はいつまでも日本人ですから」。

最後に今後のビジョンを聞いた。「ベンツを売りながら、セールスとカスタマーサービスのコーチとしての仕事を広げていきたいと考えています。(トップセールスになることが)自分にもできたのだから、皆さんにもできるはずなのです」。トシさんの手助けで、また手助けがなくても、アメリカ市場に果敢に挑戦する日本人が今後増えることを願うばかりだ。

 

© 2024 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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