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ホノルルの向こう側 ~ハワイの日系社会に迎えられて~

第6回 『精一杯やる』とはどういうことか ― 日本文化とハワイの日系文化

第6回 『精一杯やる』とはどういうことか ― 日本文化とハワイの日系文化
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小学校の話を続けよう。前回(第5回「失われつつあるのかもしれない日本的価値観―変わりゆくハワイの文化―」)MさんLさんの優しさや思いやりの深さに触れた。二人によれば、日系人たちが受け継いできた日本文化の美徳は、「やってあげられることを精一杯やる」ということだった。これについて、第3回「Tシャツ」で話題にしたA先生の学校に注目してみることにする。

A先生の勤務する小学校はホノルルからフリーウェイを使って1時間以上かかる僻地校である。古くは日本人移民が最初に入植した地といわれ、オアフ島で最後までサトウキビ栽培が行われていた田舎の町にある。そこより先に小学校はない。映画「Picture Bride」の舞台になったと思われるエリアでもある。

ここから先には小学校はない

A先生は長く副校長を務めたが、2009年度より自ら降格して、現在はカリキュラム・コーディネータ役の教諭である。Milken Awardという全米の優秀な教員に与えられる賞を授賞している。従妹のC先生も重要な役割を担うスタッフである。ともに学校から車で数分の集落に住んでいる。Lさんの同級生はみな引退し、現役でフルタイムで働いているのはA先生一人とのことである。

2001年の冬に初めて学校を訪問したときに、日本では考えられない学校の取り組みについて話を聞くことができた。それ以後毎年訪問しているが、2006年11月と2007年9月には3名ずつ学生を連れて見学に行き、話を伺うこともできた。その後もほぼ毎年学生を連れて行っている。校内を案内してもらいながら聞いた話、オフィスでディスカッションした時の話、これらをとりまぜてここに紹介してみたい。

この学校にはホームレスの子どもが何人もいます。ホームレスといっても必ずしも放浪している家族を指すのではなく、ビーチにテントを張って暮らしていたり、車で寝泊まりしていたりする家庭のことですね。そこからこの学校に通ってくるのです。

― 家庭の状況はどうですか。

ホームレスの家庭に限らず、家庭に問題を抱える子どもも多いです。親のドラッグ中毒の問題は深刻です。両親が親としての役目を果たさないために、祖父母が面倒をみるだけではなく、養子縁組をして孫を子どもとして登録し養っている家庭もあります。妊娠中のドラッグの使用が原因で、先天的な障害を背負っている子どももいます。

― そうなると金銭面など生活の水準はどうなっていますか。

これが頭の痛い問題です。朝食、昼食を学校で用意することになっています。家庭の収入に応じて全額免除になる子ども、半額免除になる子ども、免除なしの子どもと三段階に分かれています。温かい食事を摂れるのは学校だけという子どもも少なくないため、栄養面への十分な配慮も要求されています。

― 問題は食事だけでしょうか。

とくにホームレスの子どもは衣類など生活用品を買うお金がありませんから、学校で何とかしなければならなくなります。学校にスクール・ストアを設けて、Tシャツ、下着、サンダル、タオル、歯ブラシ、歯磨き粉、ノートや鉛筆などの文房具、缶詰など食料品など、いろいろな物をストックしてあります。ここでは現金の取り扱いはなく、スクール・マネーで購入することになります。スクール・マネーは、たとえば休み時間などに掃除を手伝わせたり、本棚や倉庫の整理をさせたりして、その報酬として与えることになっています。

― スクール・ストアにストックされている物はどうやって集めるのですか。

タオル類はホテルからの寄付で賄えます。ハワイにはホテルがたくさんありますからね。またアカデミーと呼ばれる課外活動で植物を育てています。それを文化祭で販売して学校が収入を得て、それを購入資金に充てたりもします。

― スクール・ストアの運営からわかる児童の状況はどのようなものでしょうか。

ぬいぐるみや本を買っていく子どもは、比較的家庭が安定していると判断できます。文房具もそうですね。タオルやTシャツ、下着などを買う子どもは要注意です。最も注意を払わなければならないのは、缶詰を買っていく子どもです。そういう子どもの家庭は破綻していることが多く、親がいなかったり、いても役目を果たしていなかったりします。栄養面でも非常に心配です。小学生にして家庭を養っているとみることもできるわけで、慎重な配慮が必要です。

この発言とまったく同様の取り組みや視点を、2007年6月10日放送のテレビ東京『アロハガール』で、オアフ島西部ワイアナエ地区の小学校を取り上げて紹介していた。

― 家庭が安定していない子どものケアが重要な課題ですね。

そうです。ですからこの学校は『学校をヘイブン(haven)に』というスローガンを掲げてそれに対応しようとしています。「ヘイブン」すなわち「避難所・安息地」ですね。学校を、あらゆる不幸な出来事からの逃げ場、駆け込み寺にするというものです。ドメスティック・バイオレンスや性的虐待といった家庭のトラブルから逃げられるシェルターにするのです。教員は授業が終わると2時か2時半には帰宅しますが、学校自体は規則で5時まで開けておく義務があります。それをサービスで9時まで延長しています。延長した時間帯に学校に来る子どもはそれほどいませんが、夜まで学校が開いていることは精神的な安定を与えているようではあります。いずれにしても、学校を楽しい場所だと思わせることが重要です。

― その他、近年の教育改革の流れについてお考えはありますか。

学力重視の流れ、テスト中心の歪んだ教育、問題は山積しています。幸い私は予算を獲得するのが得意ですから、他の学校よりも多少は運営しやすいですが、テストや学校評価によって予算の締め付けを行うブッシュの教育政策は、現場を疲れさせるだけで何も良いことはありません。そういうことをしなくても、昔から私たちは懸命に努力してきているし、これからもずっと同じです。評価は必要ですが、評価の観点を間違えると教育はどんどん悪い流れになって行きます。日本も同じようなことが起こっているでしょう?

― 具体的な最近の変化について教えてください。

遠足ですね。校外学習も含めて。規則では年間2回行うこととされています。学力重視の流れで廃止にする学校もある中、この学校では4回行っています。田舎の子どもたちには都会の経験を含めて、多くの経験をさせることが重要だからです。また、算数や理科を極端に重視し始めたために時間が足りなくなって、音楽や図画工作の時間がなくなりました。学校の理想には反するけれど、算数や理科の成績が評価されるとなれば、見苦しい結果は出せませんからね。不本意ですが。

月に一度の抜きうちの避難訓練

以上がA先生による語りである。(初出は拙著『多文化教育とハワイの異文化理解学習―「公正さ」はどう認識されるか』ナカニシヤ出版、2011年)

2007年に訪れた際、インタビューの最中に校長が突然部屋に入ってきて、また新たな予算がついたと報告した。A先生は小躍りして、これで5年生をボールゲーム観戦に連れて行くことができる、と喜んでいた。アメリカンフットボールのウィンターリーグの一試合に学年ごと招待されたのであった。A先生やこの学校が多様な予算獲得に努力していることがこのことからも伺い知れる。

また、学生を3名連れて訪ねた時のことである。C先生もA先生に負けず劣らず気さくでエネルギッシュな女性で、いつも本当によくしてくださる。ある教室を見せてもらっていると、C先生が学生たちに「どの子がハンディを背負っているか気づきましたか?」と訊いてきた。3名ともに目を白黒させ、私ももちろんキョロキョロして赤くなった。我々は何もわかっていなかった。そうした子どもが25人の中に5人もいたのである。

スクールTシャツをもらった学生たちと

ハワイ州は統合教育(健常児と障害児を同じ教室で学ばせること)がほぼ100%に近い実施率で、もちろん全米トップである。統合教育を行うには大変な労力がかかる。教職員の熱意と愛情と専門性がなければ成り立たない。そうした「力」を維持しさらに伸ばしてゆくためには、校内での研修がたいへん重要である。私が通い続けているハワイの小学校では、教職員の校内研修にもできるだけ出させてもらっている。それらの中でもA先生が自ら指揮する研修は、質において抜きん出ている。論文など先行研究もしっかり読み込んで、理論の支えもバッチリなのである。油断していると意見を求められたりもする。だが誰にも緊張感は感じられない。持ち寄った食べ物はどれも美味しく、もちろん食べながらの研修となる。後述するが、こうしたリラックスした真面目さこそが何においても大切なのではないだろうか。

A先生はParents Class(保護者学級)も開いていた。だが10年近く前にあっけなくやめてしまった。来なくてもよい親が大勢来て、本当に来るべき親は現れないからだという。これは日本もハワイも変わるところはなく可笑しかった。打つ手はないものか。

ハワイにもモンスター・ペアレントはいる。Monster Parentは和製英語ではあるが、何と誰にでも通じてしまった。日系社会では作業着としての「モンペ」は旧くから知られてきた。そこで私が省略してMom-Peと言ってみたら猛烈にウケてしまい、A先生の学校で瞬く間に流行ってしまった。A先生は個人的にはMom-Peの態度に呆れ返っているが(第5回「失われつつあるのかもしれない日本的価値観―変わりゆくハワイの文化―」終末部分の「“entitled” な考え方をする住民」を参照)、避けられない仕事として熱心に対応しているようである。

A先生の小学校のオフィスで(中央がA先生)

ここまでA先生の考え方や働き方を参考にしながら、A先生の勤める小学校の様々な側面を紹介してきた。冒頭で触れたように、「やってあげられることを精一杯やる」日系人の精神文化に支えられている学校であることがよくわかる。そうした精神文化のおおもとは、日本人移民たちが運んだ日本文化の美徳なのであった。だがその日本文化の美徳と日系人の精神文化が互いに同じであるかというと、どうもそのようには感じられないのである。

「精一杯やる」ということの意味が日本人と日系人とで異なっているのではないか、ということである。やれる範囲で、またはやるべき範囲を定めてベストを尽くすハワイ。A先生は休暇も非常に積極的に取る。ラスベガスに行くのが大好きで、休める時にはしょっちゅう行って楽しみ、リフレッシュして帰ってくる。そしてまた結果を出す。一方日本人はどうだろうか。あらゆる業種において、やれる範囲を遥かに超えて限界をも超えることが少なくない。やれる範囲、やるべき範囲が当初かなり曖昧で、次第にそれが広がってゆく。かえって質の低下を招き、モチベーションは失われてしまったりする。今日の日本人の疲労感の原因はそこにあるのではないだろうか。

私はかつて陸上競技やスピードスケートをやっていた。最近はゴルフである。ベストパフォーマンスには余力が残されている、と感じるのである。

A先生、C先生、そして学生たち

 

© 2016 Seiji Kawasaki

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About this series

小学生の頃からハワイに憧れていたら、ハワイをフィールドに仕事をすることになった。現地の日系人との深い付き合いを通して見えてきたハワイの日系社会の一断面や、ハワイの多文化的な状況について考えたこと、ハワイの日系社会をもとにあらためて考えた日本の文化などについて書いてみたい。