一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

1960年前後全米を自動車で駆けめぐり、日本人移民一世の足跡を訪ね「米國日系人百年史~発展人士録」にまとめた加藤新一。広島出身でカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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第11回 アメリカ移民と父・松次郎の渡米

一旗揚げようと日本を出た?

『米國日系人百年史』のなかで加藤新一が記した自らのプロフィールによれば、父・松次郎は、新一が生まれた年(1900年)に、生まれたばかりの長男新一と妻を広島に残してアメリカに渡った。想像の域を出ないが、おそらく出稼ぎのつもりだったのだろう。

「加藤家のあったあたりは昔は農地で、加藤の家も土地を持っていましたし、松次郎さんがアメリカへ行ったのも、一旗揚げようとしたからでしょう。そういう人はいっぱいいて、成功して帰ってきた人のところへおじさん(新一)が私を連れていってくれたこともありました」と、新一の甥の吉田順治さんは言う。


一気に海外へと向かう

日本人の海外渡航を振り返れば、日米和親条...

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第10回 加藤家の墓

原田東岷が死を確認

80歳を過ぎても軍縮問題など平和活動に打ち込んでいた加藤新一は、1982年2月9日の朝、自宅で脳梗塞のため亡くなった。突然のことだった。妻の章子さんはアメリカ生まれでモダンな生活を好み、アメリカ生活の長かった夫婦はオープンで仲睦まじく、寝室もともにしていた。

この日の朝、甥の吉田さん宅に章子さんから、ベッドにいる夫、新一の様子がおかしいと電話があった。吉田さんが母親の春江さん(新一の妹)と一緒に加藤宅に駆けつけると、新一はベッドの上で口をあけたまま横たわっていた。

すでに1キロほど離れた原田病院に連絡がしてあり、院長がやってきていた。院長の原田東岷(とうみん)氏(1912年〜99年)は、戦時...

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第9回 確かに全米を回っていた

フロリダで車を売ろうとしたが 

加藤新一の親族を探していた私は、2020年3月広島市東区戸坂千足というところで、運よく彼の甥にあたる吉田順治さんに巡り合うことができた。建設業を営んでいた吉田さんは、加藤の妹、春江さんの長男にあたり、加藤のことを「おじさん」と呼び、親しい関係にあったことがわかった。

偶然の訪問にもかかわらず、時間があるということで話を聞かせてもらえることになった吉田さんに、私はフロリダの日本人移民秘話をノンフィクションにまとめたことや、日系アメリカ人文学の金字塔であるジョン・オカダの「ノーノー・ボーイ」の翻訳を手掛けたことなど、日系アメリカ人に関する取材を長年してきたことを説明し、そのなかで加藤新...

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第8回 広島の親族は?

かつての住所を訪ねると 

「米國日系人百年史」のなかの自己紹介ともいえるプロフィール記事と、1982年2月10日の中国新聞社の訃報(死亡記事)などから、加藤新一の人生が要約できたところで、広島出身で最後は故郷で一生を終えた彼の血縁者や、彼を知る人を改めて探すことにした。

加藤の、アメリカ生まれのひとり息子は 、日本で高校を卒業した後アメリカに戻ったので、直系の親族は日本には見当たりそうになかった。そこでまずは加藤が暮らしていたと思われる、訃報にある住所を訪ねることにした。2019年4月のことである。

加藤のかつての住まいは、広島市の中心部から北西に2キロ余りのところに位置する。JR山陽本線の横川駅から歩いて数分...

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第13回 父に呼ばれてカリフォルニアへ

加藤新一の父、松次郎の渡米後の足跡を追ってみよう。1900年、松次郎が日本のどの港から出て、アメリカのどこに上陸したのかは定かではない。

新一本人が、「米國日系人百年史」のなかで記した自らのプロフィールでは、松次郎は渡米後「中加フレスノで日本飲食店、後ちパレヤで農業を営み、……」とある。しかし、甥の吉田順治さんによれば、「最初は、どこか鉄道工事の飯場のようなところで、コックをしていたと聞いたことがある」という。

その期間が短かったから加藤は、父の経歴を省略したのかもしれないが、日本からの出稼ぎ移民が鉄道工事の現場で働いたのはよくあることで、その中には当然、北米への移民第一県の広島出身者...

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