一世の記録を拾い集めた男 ~加藤新一の足跡をたどって~

1960年前後全米を自動車で駆けめぐり、日本人移民一世の足跡を訪ね「米國日系人百年史~発展人士録」にまとめた加藤新一。広島出身でカリフォルニアへ渡り、太平洋戦争前後は日米で記者となった。自身は原爆の難を逃れながらも弟と妹を失い、晩年は平和運動に邁進。日米をまたにかけたその精力的な人生行路を追ってみる。

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第17回 広島はアメリカ2世の郷里だから?

日米開戦から8ヵ月余の1942年8月20日、日米交換船で日本へ戻った加藤新一は、郷里の広島市で中国新聞の記者となった。いつからどのような経緯で就職したかはわからないが、アメリカでの邦字新聞の記者としての経験がものを言ったのだろう。

中国新聞は、広島市に本社を置き広島県内のほか、山口県、岡山県、島根県など中国地方で販売されているブロック紙で発行部数は、約53万8000部(2021年3月)。その歴史は古く、明治25(1892)年に「中国」として創刊、明治41(1908)年に「中国新聞」と題号がかわった。


開戦前後の中国新聞

日米開戦の翌年(1942年)に中国新聞は創業50周年を迎えた。開戦後勢いを増していた日本だが、…

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第16回 抑留され、交換船で帰国

日米開戦となってから、日系新聞の編集長という日系コミュニティーの指導的な立場のひとりとして、自身の身に起ったことについて、加藤新一は詳しく記録に残していない。ただ、「日米開戦でモンタナミゾラ抑留所に監禁され、同年六月紐育から第一次交換船で帰国」(「米國日系人百年史」)とあるだけだ。

1941年12月8日未明(ハワイ時間12月7日)、日本軍はハワイの真珠湾を攻撃。その数時間後には、アメリカ連邦捜査局と移民局の人間が、日本人、ドイツ人、イタリア人の家々をまわり、あらかじめ用意されたリストにある一世の男たちを逮捕、連行していった。彼らの大部分は日本語教師、新聞編集者、仏教の僧侶など、地域のコミュニティーのリーダーだちだった。…

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第15回 米國産業日報の編集長となるが……

前回、加藤新一が記者として所属していたロサンゼルスの日系新聞「羅府日米」をめぐるスト問題について簡単に触れたが、加藤が編集した「米國日系人百年史」のなかの「米国日系人の刊行物」のなかに、この点について詳しく書かれている。

それによると、実業家でもある安孫子久太郎はサンフランシスコで新聞「日米」を創刊し、ついでロサンゼルスにも進出を図り、「北米報知」(1915年発刊)を買収し、「羅府日米」を創刊した。

サンフランシスコの新聞「日米」では、安孫子久太郎社長と従業員側とが対立した結果、社長が編集部員に退社を求めた。これに対し従業員側は、退職者の復職や未払賃金の支払などを求めたが聞き入れられなかったため、ストライキに入った。…

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第14回 日系新聞の記者となる

中部カリフォルニアで父を手伝い農業に従事した加藤は、父が日本に戻るとひとりロサンゼルス近郊のパサデナに出て造園業をつく。しかし、まもなく日系新聞の記者となった。ジャーナリズムに長年携わる彼の原点である。

北米でもハワイでも、そして南米でも移民社会のなかからは自然と日本語の新聞が生まれる。言葉の壁によって情報を得るのが難しいなか、日本語での情報は生活に欠かせないからだ。初期の日本語新聞は、日本で自由民権運動に関わった青年たちによる政治的な文書という意味があったが、移民が増えるにつれて各地域のコミュニティー紙が拡大していった。

ハワイ、サンフランシスコ、シアトル、ロサンゼルスをはじめデンバーやソルトレークシティ、シカゴな…

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第13回 父に呼ばれてカリフォルニアへ

加藤新一の父、松次郎の渡米後の足跡を追ってみよう。1900年、松次郎が日本のどの港から出て、アメリカのどこに上陸したのかは定かではない。

新一本人が、「米國日系人百年史」のなかで記した自らのプロフィールでは、松次郎は渡米後「中加フレスノで日本飲食店、後ちパレヤで農業を営み、……」とある。しかし、甥の吉田順治さんによれば、「最初は、どこか鉄道工事の飯場のようなところで、コックをしていたと聞いたことがある」という。

その期間が短かったから加藤は、父の経歴を省略したのかもしれないが、日本からの出稼ぎ移民が鉄道工事の現場で働いたのはよくあることで、その中には当然、北米への移民第一県の広島出身者も多…

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