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ある帰米二世の軌跡: 歯科技工士 ハワード・小川さん -その4

>>その3

南カリフォルニア大学における人種差別

1950年代を迎えると、三世の日系人が高等教育を受けるようになりました。そのなかでも、医療従事者を目指すものが増えてきました。ハワードさんの甥である、永松先生もそのひとりです。

しかしながら、高等教育を希望する学生にとって、教育現場における差別は深刻な社会問題でした。特に、当時の南カリフォルニア大学の歯学部においては、日系人をふくめたアジア系学生に対する人種差別が激しかったのです。

永松先生はわたしに宛てた手紙のなかで、このようなことを書いていました。

「白人の上級生が、新入生にあいさつをする機会があったのだが、その白人は、白人の新入生にだけ、ひとりひとり、丁寧に、それも非常に親しく挨拶をしていた。しかしながら、私にたいしては、一度たりとも挨拶をすることはなかった。その白人は、私の前をとおりすぎて、私のことを無視したのだ。」

さらに、日系だけではなくアジア系の学生たちは学内にある医療器具を自由に使うことができず、歯科医師になるための勉強を思うように進めることができませんでした。

驚くべき行動

南カリフォルニア大学に通う日系人の学生たちが激しい人種差別を受けたいたことを知ったハワードさんは、差別と偏見に耐えていた学生たちを支援するために、驚くべき行動に出ました。それは、南カリフォルニア大学に在籍する人種差別と闘っている歯学部の学生たちに、自らの事務所を開放することでした。

ハワードさんは、学生たちに自分の事務所の鍵のコピーを与えました。そうすることで、学生たちは、必要なときに彼の事務所に足を運び、好きなだけ勉強をすることが出来たからです。

学生たちは、講義で出された課題をやるため、ハワードさんの事務所を訪れ、日夜問わず事務所にある器具をつかって課題をこなしました。ときには、ハワードさんは学生の「教授」としてアドバイスをしました。

アンさんも、ハワードさんを全面的にサポートしました。アンさんは、足を運んできた学生たちの話し相手となったり、食事をふるまったりしました。学生のなかにはアンさんに悩みを打ち明けた人々もいたかもしれません。しだいに、彼女は学生たちの「母親」役をつとめるようになりました。ちなみに、ハワードさんは、アンさんの手助けをしていくうちに料理の達人になったそうです。

そして、学生たちは南カリフォルニア大学を卒業し、それぞれの進路を歩んでいきました。そんな学生たちの成長を、ハワードさんとアンさんは、暖かく見守り、ときには、人生における師匠のように助言を与えていました。

しばらくして、学生たちがハワードさんの事務所に足を運んで勉強をしていることが、歯学部の教授のあいだでも知られるようになりました。ハワードさんは、仕事の素晴らしさだけではなく、人格者や教育者としてもその名を知られるようになったのです。

真なる無償の愛

ハワードさんのことを色々と書いてきましたが、読者のなかには、彼が学生に自分の事務所の鍵を与えることに大きな疑問をうかべる人々がいることとおもいます。さらには、学生に高価な歯科技工の器具を貸しだすこと、それだけではなくて、食べ物までふるまうハワードさんとアンさんが、どんな人々なのか、ますます謎が深まるのではないでしょうか。

ハワードさんとアンさんはこれらのことをすべて「無償」でやっていました。学生たちには見返りを一切要求しませんでした。歯学部の学生を助けるために、自分自身が出来ることをひとつでも多くやろうとハワードさんは考えていたのです。

永松先生はわたしに宛てた手紙のなかで、ハワードさんにお世話になった人々のコメントを書き加えてくれました。そこには、日系人だけではなく、中国系や中南米系の人々のものもありました。そこには、ハワードさんの差別に毅然と立ちむかう姿勢と、将来をになう医療従事者への期待と心遣いが、うかがえます。

そして、ハワードさんのもとからは多くの歯科医師が「巣立って」いきました。このことは、永松先生も、大変強調していました。

もしも、ロサンゼルスで活躍している、アジア系などの歯科医師たちに、最も尊敬すべき存在は誰かと問えば、多くの人々がハワードさんの名前を挙げることでしょう。もしもハワードさんがいなかったら、その当時南カリフォルニア大学に在籍していた学生たちの多くは、歯科医師になるための夢をあきらめねばならなかったでしょう。

その5>>

© 2010 Takamichi Go

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