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第8回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト

リトル東京 ~再生の街~

22世紀、リトルトーキョー。

舞い散る粉雪を見上げ、俺はコートの襟を立て、両手に息を吹きかけた。

一世紀前ならこの街で、こんな雪が降ることはなかったと、いつだったかトキオが俺に教えてくれた。トキオとは交番勤務のAIだ。この街がAIとの共存を決めてから、トキオはずっとこの街の治安を守る為、些細な犯罪にも目を光らせてきたらしい。人間の年齢にしたら、喜寿をとっくに迎えているはずだが、トキオの外見は二十代後半の俺と変わらなかった。

AIに人間の職業を奪われるなどと、騒がれた時代もあったが、今ではAIに対し寛容な街は珍しくなくなった。逆に言えば、AIと共存できない国家は、衰退の一途をたどり、いつの間にか消滅してしまった。それだけ人間の能力がAIに劣るのかと訊かれたら、俺の人間としてのプライドが認めないだろうけど……

人間には人間の良さがあると、俺は今でも信じている。地球環境を破壊し、人類始まって以来、互いに殺戮と言う過ちを繰り返して来たとしてもだ。

リトルトーキョー……古き良き日本を求めて、日本本土からだけではなく、世界各地から人々がここを訪れる。と言っても、地球に残された陸土は、百年前の十分の一で、ほとんどが海底に沈んでしまっていた。特に面積の狭い日本は、領土の半分以上を失った。

俺がこのリトルトーキョーを目指したのは、昔この街でじいさんのじいさん、つまり高祖父が苦労しながらも、この土地で再生を果たしたと聞いていたからだ。

高祖父の祖父は第二次世界大戦後、この街に移住して来た日系人の一人だ。愛して止まない日本がアメリカとの戦争に踏み切った時、彼も祖国を身限ることにしたのだと言う。

その選択は正しかったのだと思う。戦後、日本は泥水を啜ってのし上がったにも拘わらず、その後、次第に世界から遅れを取り出した。日本人としての意地とか誇りとか、俺達若者はとっくにどこかに置き去りにしてしまっていた。

事件が起きたのは、俺がこの街の生活に少しずつ慣れて来た三月だった。

「交番勤務のトキオが何者かに撃たれた」との通知がスマホに届いた。この通知は、PSCRというアプリ登録者に自動的に届くものだ。『街の治安は住民達で守ろう』と言う目的で、街で起こった事件について通知されることになっている。

「トキオ!大丈夫か?」

交番に駆けつけた俺の顔を見て、トキオはほほえんだ。AIとは思えない自然でキレイな笑顔。

その笑顔を見て、負った傷が深刻でないことを知る。

「撃たれたのが私で良かった。」

ホッとしていると、涼しいトキオの声が返って来た。

「何言ってるんだよ?良いわけないだろう……」

ここに渡ってきたばかりの頃、右も左も分からなかった俺に、誰よりも親切に接してくれたトキオ。そのトキオを喪うなど、俺は考えたくもなかった。

AIには感情がないという科学者もいるが、人間と同じで生活環境の中で、身についていくものなのではないだろうか。

「犯人はもう特定できてるんだろう?」

「はい……」

トキオにしてはスッキリしない返答だった。

「何だよ、トキオ……」

「そいつは犯人を庇っているのさ……」

現れたのは自治会長の大杉さんだった。生まれた時からこの街で暮らしている彼は、現在七十歳。そう、実はトキオと同世代だ。

「大杉さんにも犯人の見当がついているんですか?」

「新参者のあいつだろう……」

ーー新参者……

その言葉が耳に痛かった。俺も半年前にはそう囁かれていたのだろう。

大杉さんが『新参者』と呼んだその男、志村がこの街へやって来たのは、確か夏の終わりだった。年齢より幾分老けて見えるが、俺より一つ二つ上だと聞いていた。

日中の日射しに焼きつくされた肌が、夜の涼しい外気によって適度に冷やされる季節の変わり目に、彼は長袖のヤッケを身につけていた。

生まれ変わるための新天地を求めて来たにしては、誰とも交わらず、溶け込むこともしない人だとは思っていた。

「あの男は犯罪者じゃないかってさ……」

「犯罪って?何をしでかしたんだよ?」

「言われてみれば、いつもどこかコソコソしてるよな?」

志村の態度が逆に人々の噂を呼んだ。

「おまえも気をつけろ……」

「気をつけろって、何にだよ?」

俺は問う。ただ、街の雰囲気に馴染めないだけかもしれない人間を疑うのはどうかと思う。俺も、所詮は余所者だから、そんな感情が生まれるのだろうか?

「トキオはあの人のこと、どう思う?本当にみんなが噂するような、悪人なのかな?」

「あなたはどう感じているのです?」

トキオに訊き返されて、俺は答えに窮する。

「分からないから……訊いてるんじゃないか……」

「本当に?」

『受け継ぐ者』と、トキオは俺達をそう呼んだ。

家系であれ、会社であれ、長く続いていくものには、それを継いで伝えていく者が必要になる。トキオは俺達が『人』として、この街を受け継いでいくのだと説明してくれた。

トキオはまた『受け継ぐ者』に必要な『三つの目』についても語っていた。

いち早く未来を予期する為の『先見の目』、力を持つ者にこそ必要な『控え目』、そして、相手を内面的に判断できる『心の目』だ。

だけど『心の目』なんて、凡人の俺に備わるものなのか?

「人を外見で判断しては、何も解決しません。」

トキオの言葉に大杉さんは鼻から息を吐き出す。

「俺に説教するってか?」

「いいえ……そんなつもりはありません。」

「奴がやったことに違いはないんだ。だったら、さっさと取っ捕まえて、白状させちまえ!」

どこか短気なところのある大杉さんは、トキオに向かって怒鳴った。

「どんな相手にも、耳を傾けるべきです。互いに解り合うためにも……」

「AIのクセしやがって……どこまで甘いんだ!」

吐き捨てるようにして大杉さんがその場を去ると、トキオは残った俺に首を回らす。

「あなたも彼と同じ考えですか?」

「どの辺りが?」

「捕まえて自白させれば、済むことでしょうか?」

たぶん、それでは根本的な解決にはならないことを大杉さんだって分かっているのだ。だけど、俺達人間は、罪を犯した人との会話を長い間避けてきた。大杉さんが、AIのトキオを罵るのは、自分達人間への苛立ちからなのではないかと俺なりに解釈する。

「だけど、あの人が話を聞くかな?」

やりもしないうちから躊躇うのも、俺の悪いところだ。

「彼と話ができるのは、あなたしかいません。」

「何でだよ?」

「余所者……だからです……」

トキオの感情のないはずの瞳に光が宿る。彼が意味することを受け止め、俺は知らず知らずのうちにうなずいていた。

21世紀に繰り返し起こった大地震と大津波、そして竜巻などによる自然災害で、揺らぎ始めた大国アメリカ。

いくつかの天災を耐え抜いたこの街も海岸線にグッと近づいたのだと言う知識は全て、トキオからの受け売りだ。

俺は志村を探して、遠く水平線を一望できるこの海岸までやって来た。

そして、トキオの予想通り、彼は堤防に突っ立ってタバコを吸っていた。

「志村さん、あなたに話があるんだけど……」

「ようやく、捕まえに来たか?」

声をかけると、慌てた様子もなく横目で窺ってくる。

「それはトキオの仕事だから……」

「あんなAIに街の全てを掌握されて、おまえ達は悔しくないのか?」

「悔しい?」

志村は聞き返す俺の顔をじっと見据えた。

「俺の故郷も、昔は漁業で発展していた…だけど、ある時からAIに全てを任せることになってしまった……」

「俺も……海底に沈んでしまえって……思ってたんだ。自分自身も、街も、国も、この地球全部……」

意外そうな顔をする志村に俺は苦笑して続ける。

「あなただけじゃないよ、志村さん……過去や秘密を抱えて、この街に逃げ場を求めて来たのは……」

「おまえ、一体……」

地球が強制的にリセットしたのと同じように、俺達人間もそれが必要なのだと思うことを志村に伝えた。

「人間はリセットしたくても、なかなかうまくいかないけど……」

「おまえがリセットしたいことって何なんだ?」

志村は、俺の頼りない心を見透かそうとするかのように、両目を細める。

いよいよ、自分の秘密を他人に打ち明ける時が来たのだ。

「性的マイノリティーって言葉、知ってる?」

「ああ……随分昔に、騒がれてたよな?」

そう聞き返して、志村は何かを悟ったように、目を丸くした。

「おまえ……」

「俺は、女子としてこの世界に生を受けた……」

だけど、与えられた体に馴染めず、女の子っぽい外見も嫌いだった。それなのに、好きになるのはやはり男の子で、それが余計に俺を悩ませた。

「それで……一時期、LGBTが世間でも注目されるようになった時……チャンスだと思ってさ……」

俺はそこまで説明してから、わざとらしく肩を竦めて見せる。

「カミングアウト……ってやつ?……をしたんだ。でも、俺がいた街では、まだまだそういうのが認められてなくて……」

知り合いや同僚の冷たい視線に、自分は異常だと責められているようで、居たたまれなくなった。

「この街へ逃げてきたのか?」

「そういうこと……俺のご先祖様が第二次世界大戦の後、このリトルトーキョーで再生を果たしたって知ってさ……」

いつかご先祖様のように、見事に復活してみたいと思ったのだ。そして、自分を認めてくれなかった人達を見返してやりたかった。

「これで、志村さんだけじゃないって、分かったでしょう?故郷を捨てて逃げて来たのは……」

俺の話を聞き終えた志村は、真面目な顔つきでうなずいた。

「だけど、今度逃げたら、完全に負けだと思っている……一度はいいけど、同じ問題から二度は逃げちゃ行けない……これ、誰が教えてくれたか知ってる?」

志村はそこで、首を振る。

「トキオだよ……あなたが嫌っているAIだ……俺も始めは、AIに人間のような感情があるとは思わなかったけど……」

「違ったのか?」

「彼らのほうが、学び始めたら、人間よりたくさんの感情を持つかもしれない……」

この街へ来てから、トキオの温かい笑顔に、どれだけ俺は救われたことだろう。

「私もこの街もあなたを受け入れます。だからきっと……再生を果たして下さい。」

人々の視線に怯えていた俺に、トキオはそう言って励ましてくれた。

「志村さん、あなたももう逃げないで……」

俺の気持ちが伝わったのかは分からないけど、志村の顔に浮かぶ微笑を俺はその時、初めて見たのだ。

志村が街を出て行ったと知ったのは、数日後、やはりトキオからだった。

「あいつ、やっぱり逃げやがった……」

大杉さんのぼやきにトキオは何も言わなかったが、二人きりになった交番で俺は彼から聞かされた。

「志村さんは、怪我を負わせたことを私に謝ってくれました。あなたと話をしたとも言っていました。街を出るのは、あなたの話に納得しなかったからではないとも……一度、故郷へ帰って、やり残して来たことにけじめをつけたいそうです。そして、次にこの街へ戻った時は、逃げないと……あなたに伝えて欲しいと言っていました。」

リトルトーキョー、何度も再生を果した街。だけど、それは人の力が成したことだ。年齢も性別も人種も超えて、きっと俺もこの街で新しい自分に再生して見せる。

俳優の井上英治さんによる「リトル東京~再生の街~」の朗読。2021年5月23日開催の第8回イマジンリトル東京ショートストーリーコンテスト・バーチャル授賞式にて。リトル東京歴史協会主催、全米日系人博物館ディスカバーニッケイプロジェクト協力。

 

* このストーリーは、<a "http://www.littletokyohs.org/" target="_blank">リトル東京歴史協会による第8回ショートストーリーコンテストの日本語部門での最優秀賞作品です。

 

© 2021 ShoRei

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このシリーズについて

毎年行われているリトル東京歴史協会主催の「イマジン・リトル東京」ショートストーリー・コンテストは、今年で第8回を迎えました。ロサンゼルスのリトル東京への認識を高めるため、新人およびベテラン作家を問わず、リトル東京やそこにいる人々を舞台とした物語を募集しました。このコンテストは成年、青少年、日本語の3部門で構成され、書き手は過去、現在、未来の設定で架空の物語を紡ぎます。2021年5月23日に行われたバーチャル授賞式では、マイケル・パルマを司会とし、を、舞台俳優のグレッグ・ワタナベ、ジュリー・リー、井上英治(敬称略)が、各部門における最優秀賞を受賞した作品を朗読しました。

受賞作品


* その他のイマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテストもご覧ください:

第1回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト (英語のみ)>>
第2回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第3回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第4回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第5回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
第6回 イマジン・リトル東京ショートストーリー・コンテスト >>
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