ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2019/7/26/sukeji-morikami-13/

第13回 アンクル・ジョージ語る 

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。わが子のように甥や姪のことを心配し、あしながおじさんとして学費の援助やアドバイスをし、直接手紙のやりとりをしてきた。とくに、一番年下の姪には、アンクル・ジョージとして、自分の墓のことなどについても話している。

* * * * *

1957年6月×日

〈アメリカでも猫はニャーとなく〉

明ちゃん、お手紙ありがとう。つい、悪口が過ぎたので、返事は来ないと思っていました。字も中々上手だし、文もスラスラと書けており、今の若い人は文がうまい。筆跡は人の性質や運命をあらわすという。私も一度見て貰ったことがあります。30年の昔ですが、不思議にほぼ百発百中でした。  

猫が仔を生んだ、とうぜん可愛い。私も大好きだ。以前、随分飼っていて、多い時には10匹以上もいた。私が畑へ出かけると、みんなゾロゾロついて来る。兎でも見つけると追い回す。私が帰って来ると、カーの音を聞きつけ、雨のショボショボ降る外でも門側まで迎え出て、お帰りなさいと言わんばかり。

私は知らず知らず目頭が熱くなり思わず抱き上げて頬ずりする。買ってきた肉や魚も全部やりたくなる。猫はきれい好きで、犬のような無作法はしない。先ず丁寧に穴を掘り用事をすますと、穴を埋めてからしきりと地ならしをする。食事の時でも実に行儀がい。犬のようにガツガツ食べぬ。

どんな、おいしい物でも少しばかり皿に残しておく。昔の武士の作法をよくわきまえており、雨の日には決して泥足で家へかけ込まない。丁寧に足を拭ってから入る。身体全部を丹念になめる。頭だけは舌がとどかぬので最後に耳を越して手を伸ばして顔を洗う。

アメリカでも猫はニャンとなく、犬はワンと吠える。日本語でもなければ英語でもない。猫はニャン語で、犬はワン語だ。人間もそうだったらと思う。口を開けたり舌をねじったりして他国語を習う必要がない。

何何(なになに)大学英文科卒業なんて肩書を持った留学生が日本からこちらへ来ると、子供のするお使いも出来ぬ。会話は、むずかしい言葉は禁物、普通の手紙も話す通り書けばよい。

アンクル


1958年8月×日

〈英語で話が解るようになるのに2年〉

〈助次はフロリダに来てしばらくして、自分の語学力のなさを痛感して、地元の小学校に入れてもらい、小学生と一緒に勉強をさせてもらったことがある。そうした経験にもとづきアドバイスする〉

明ちゃん、お手紙ありがとう。気分が好くないので、手紙を書く気になれず、つい返事が遅れました。済みません。もう大丈夫ですから心配しないで下さい。

長い手紙を書きます。学校の成績が大変よかったですね。しかし余り極端な点取り勉強は考えもの。まあ、もっとも不得手な科目に重点を置くのですね。英語はどうしました。外国語を習うのは中々むずかしい。私もちょっと話が解るようになるのに二年を要した。

もっともabcから始めたのですが、毎日英語を話し、英語を読み、英文を書く事、あれから五十年あまりの今なお、満足できません。頭が悪いので中々進歩しません。何を習うかも余り目前のことばかりを目標としてはなりません。

現代の青年は五年、十年後の近い将来に備えなければならん。化学一つ、英語一つ。女化学者の出現も今は夢でありあせん。外国人と自由に話ができ、タイプライターが打てたら、就職難に苦しむ今の日本の高校・大学の卒業生も大分助かることと思う。

盆には宮津(助次の故郷)へ墓詣りに行くようですね。お父さん(助次の弟)や私の父母のためにも冥福を祈って下さい。お父さんは、実に立派な人だった。

暑い為か、近頃食欲がなくて困る。何を食べてもまずい。この前のサンデー、巻寿司を作ってみた。大失敗だった。明ちゃん、クック(料理)できる? わしはクックが下手で嫌いです。しかし、御飯だけは立派にたける。誰にも負けぬ積もりだ。

コミック新聞やライフマガジンを2回送った。よかったら毎週送る。英語の雑誌でも欲しいなら遠慮なく言ってよこしなさい。あなたに言いたい事、話したい事、沢山あったので長い手紙を書きました。

アンクル


1958年8月22日

〈自称、アンクル・ジョージ〉

明ちゃん、お手紙一昨日来ました。サンクス墓参(墓参ありがとう)。私のように海の近くに住んでいると山が恋しくなる。私はこれでも学校へ行ってた頃は、二哩(マイル)位は平気で泳げた。今はもう駄目、腰を痛め足が余り丈夫でないので、この頃はほとんど海には入らぬ。クランプ(こむら返り)でも起こると大変だからね。日本のお盆は来月と思っていたらとっくに終わったネー。

盆で思い出すのは団子とトコロテン。この国でもお寺のある西部地方では着物(和服)で盆のお斎(とぎ)をやるらしい。こちらも夏休みはあと僅かで来月からまた学校が始まる。

私は毎日、朝夕の涼しい間、畑へ行く。家から片道7哩、日本で三里半、往復数時間かかる(カーで)。畑は今10英町(エーカー)で、日本の約4町歩ある。この夏は雨が不足なので畑の中心に井戸を掘った。直径二吋(インチ)のパイプで深さ百三十吋、五馬力のポンプをかけると、1時間に約1万ギャロンのきれいな水が汲み上げられる。家を建て住みたいが、近所が遠いのでこの冬は町で住む。一人住まいは剣呑だろう。

自分の写真を送りたいが、生憎1枚もない。キャメラシャイではないが、誰からも請われなく、ここ三十年余り撮っていない。今は病後で痩せて前歯まで抜け落ちたうえ、優男でもないく、狆(ちん)がくしゃみしたようなお面相です。

この手紙が着く頃は日本の学校もはじまっているでしょう。

アンクル ジヨ—ジ


1958年9月13日

〈決して勉強を怠ってはいけない〉

明子ちゃん、この午後は雨のため、畑に行けぬので、永い間、怠ったあなたへの手紙を書く事にする。変わった事もないが、只、日が少し短くなり夜がちょっと涼しくなった。何分、秋作の準備で多忙、朝早くから夕方7時過ぎまで働くので、帰宅しても疲れて何一つする気になれぬ。明日はサンデーだが、働かねばならぬ。

お約束の長い手紙というのは、あなたの近い将来について、私の腹蔵なき感想です。

ご褒美のファウルテンペンは、幸い学生向けのボールポイントで、油紙までも書ける最新式のものです。あるいは日本には既にあるかも知れぬが、日本雑誌の広告等は未だ見へぬ。

さて、どんな事情があろーと、どんなに苦しくとも、あなたは学校を怠ったりしてはいけない。せめて高校だけは卒業しないと。あなたの実績と努力次第。その節は、私が幸い生きているとして相談するといい。

フロリダも既に6回までも台風がやって来たが、近くまで来て皆、大陸性高気圧の為、他に移動しました。ストームシーズンはまだ2か月余りあるので、何時、やってくるか。少しも油断も出来ぬ。

京都もずっと涼しくなった事と思います。秋が来ても名ばかりで残暑のフロリダには紅葉がない。上の歯が三年続けて抜けた。一本残らず抜けた夢を見たが、こうなると固い物は何も食べられない。肉類はどんなテンダ—ロインでもグラインするよりほかない。幸い魚類が豊富なので大いに助かるが、肉類以上に高値だ。好きな漬物は絶体食えぬ。

日本のものは味噌とノリの佃煮だけ。純日本米も試みたが、少しねばり気があるだけで、地方米より味が落ちる。永い間、日本へ行ったら好きだった物をウンと食べたいと思っていたが、全く夢に過ぎなくなった。

別に珍しい話もない。ただ、あるのは多くの人が死んだりケガをしたり自動車のぎせい(犠牲)となっていく。原因の大部分も不注意の為である。日本製のカーも少し来ているが、この地方にはまだ一台もない。くれぐれも学校を怠らぬよう、教育の有無があなたの将来を左右する。

アンクル


1958年9月×日

〈森上助次之墓と日本字で彫っておく〉

宮津市の高台の公園に建てられた石碑。よく見ると『米国 森上助次』と刻まれている。

明ちゃん、お手紙ありがとう。今日は9月も最後の日、秋とは名ばかりで日中は中々暑い。忙しいので疲れて夜になっても身体が痛む。暑い時に野菜を作るのは中々骨が折れる。

台風——この国ではハーリーキャンという——既に7回もやって来たが近くまで来て外れた。時速百哩(マイル)、百五十哩、無論、作物は全滅です。

今夜は月が美しい。フロリダの月は大きい。日本のと比べると、お盆とたらいの差ほどある。兎が餅を搗いていると子供の頃聞いた。お月さんも遠い昔には今の地球のような時代があったかも知れぬ。

あなたはまだ10代。70年、80年、あなたの将来は永い遠い、遠い。ある星には人類のようなものが住んでいるかもしれない。私も長生きし、それを知りたい。

デルレーの町も随分大きくなった。今アメリカ有数のウインターリゾートの一部となり、他州からの移住者でここ二、三年で、何千軒という住宅が建っている。元のヤマト村の南へ5哩(マイル)に今度、大学校が建つこととなった。あなたが高校をおえる頃には出来上ることと思う。

あなたも新聞でご存知でしょうが、アメリカ南部諸州では黒白学生混同で大騒ぎしています。中々大問題で、どう決着がつくことやら。これは純然たる人種問題で、アメリカの頭痛の種です。

今度、町でも発展に備えて新墓域をつくるそうです。私もいずれ一区買うと思う。生きとる間に好きな木やシュラブを植え、日本にあるような自然石を北から運んで来て、墓標としたい。私は無宗教だから、戒名も何もない。

ただ、「森上助次之墓」と日本字で彫っておく。メモリアルデーが来ても、誰も訪ねて来ないが、町で年中きれいに手入れしてくれる。

私は今、書くことを止めて眼をとじる。私は墓標の下で、静かに眠っており、コトコト足音が近づいて来ては眼がさめる。三つばかりの可愛い女の子の手を引いた年若い婦人。

「これ、伯父ちゃんのお墓よ。口が悪い人で、ママがオデコだって」「オデコって何?」

ペンは買ったが、色々気にいらぬので別のを注文した。こちらに来次第送る。あなたの学校の名と所在地、それから学校のキャタログと校則、あなたの全成績表の写しを至急送って下さい。

アンクル


1958年11月6日

〈在学中一切の費用は引き受ける〉

明ちゃん、お手紙と成績表をありがとう。学資の点は心配せぬがよい。今後、私が責任を持って在学中一切の費用は引き受ける。一か年分授業料その他一切の費用の表を作って至急送り下さい。

一か年分、全部送れぬが、何回か期を定めて送る。万一、私ができない場合は、銀行か間違いなく送るようアレンジするから、あなたは何の心配もなく勉強が続けられる。卒業後の方針はあなたの意見にまかせるが、私は進学を勧めたい。高校出だけでは就職はおぼつかない、余り悲観せずゆっくり考えるのだ。

ライフ(雑誌)はもう送らぬ、私も購読するのを止めた。写真や広告だけで読む価値はほとんどない。

アンクル


1958年12月19日

〈脱腸で一晩、苦しみ通しむ〉

明ちゃん、三週間ばかり前、松田さん宛ての手紙、岡村へ送った手紙、着きましたか。あなたの学資(高校卒業迄の)の調達に就いて重要な件なのです。あなたからも返事がないのであるいは未着ではないかという気がするのでお尋ねする次第です。

こちらはクリスマス前なので市中は雑踏を極めており、急に寒くなり、寒がりの私はちじみ上がっている。三日前の夜、(持病の)脱腸で一晩、苦しみ通しました。医者を呼ぶのも移ったばかりなので電話はなし、近所は知らぬ人達ばかりで、気兼ねして迷惑をかけたくない。宵の10時ごろから朝方まで苦しみ通しました。

普通の腹痛と違って、引きちぎられるような痛みで、私はウンウンとうなりながら我慢しておりました。一時は傷が破れてこのまま、死ぬのではないかと思ったくらいです。

今日は少しよいが、まだなにもできません。クリスマスには、一年前まで居たフォートローダデールの一友人からディナーに招待されて居るが、行けそうもありません。一人住まいも丈夫な時はいいが、こんな場合にはシミジミと寂しさを感じます。

日本の都会はアメリカ化してクリスマスを祝うらしいですが、お正月は如何か。こちらではお正月は名ばかりで、農家など皆、働きます。今年も嫌な年だった。さて来年は? 

アンクル

(敬称略)

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© 2019 Ryusuke Kawai

家族 フロリダ州 森上助次 アメリカ合衆国 ヤマトコロニー(フロリダ州)
このシリーズについて

20世紀初頭、フロリダ州南部に出現した日本人村大和コロニー。一農民として、また開拓者として、京都市の宮津から入植した森上助次(ジョージ・モリカミ)は、現在フロリダ州にある「モリカミ博物館・日本庭園」の基礎をつくった人物である。戦前にコロニーが解体、消滅したのちも現地に留まり、戦争を経てたったひとり農業をつづけた。最後は膨大な土地を寄付し地元にその名を残した彼は、生涯独身で日本に帰ることもなかったが、望郷の念のは人一倍で日本へ手紙を書きつづけた。なかでも亡き弟の妻や娘たち岡本一家とは頻繁に文通をした。会ったことはなかったが家族のように接し、現地の様子や思いを届けた。彼が残した手紙から、一世の記録として、その生涯と孤独な望郷の念をたどる。

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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