ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2019/4/12/sukeji-morikami-6/

第6回 猫と話し、日本の本を読む

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。ひとり暮らしのなか、猫たちと話をする。作物は雨でまたやられてしまうが、近所のアメリカ人と助け合って暮らしている。

* * * * *

1950年12月10日夜

美さん、

今日はサンデー、終日働きました。九時まで床に居て新聞や雑誌を読みました。今日はお隣の花屋さんも見えず、一日中、誰とも話しませんでした。別に寂しいとも思いません。

こんな時、猫相手にお話しする事もあります。今5匹いますが一番歳をとったスヰーティーは私の言うことをよく解します。私の一言一言にニャウウニャウウとお返事をします。中々賢い猫で、私が肉の缶詰を開けた時は缶の中を舌のとどく限りなめまわします。

今夜はかなり寒く、今九時五分ですが、室内温度は戸外とほとんど変りなく(華氏)51度(10.6℃)です。空には一面に利鎌(鋭利な鎌)のような新月です。

GEOより

〈また雨で作物がだめになる〉

1950年○月×日

若き日の助次(©Morikami Museume & Japanese Gardens )

ポテトは樹になるのか、土の中で生したのかご存知ない市中の人達には種子を土の中にうめておけば事足りると思われているようです。しかし、雨につけ風につけ病害虫にやられるにつけ、相場の上下は並大抵の苦労ではありません。

4エーカーのきゅうりなど過去1ヵ月半苦心して育てたのですが、週3日の大豪雨のためにデストローイされてしまったのです。3日間、1フィート近い降雨で、私は一晩中シャベルを手に排水につとめましたが、何の効果もありませんでした。

今は雨も止み、水も去りましたが、青々していた作物が黄ばみ萎れて枯れていくのを呆然と見るだけです。夜の間も寝ずに育て上げた、いとしい子が突然病魔により奪い去られた時の心持ちです。私は泣きたい気持ちで、一時は天を恨みこの世情に憤りました。

幸いトメトーと茄子の苗3万本(約10エーカー分)は助かりましたから、今週は手伝いを2、3人雇って植付ける予定です。

雨も止み、空は曇りがちで、夜も無風のため蒸し暑く寝苦しい毎日です。今夜は蚊が少しいます。


〈お隣さんのお手伝い〉

お隣の大工さんが野菜畑2エーカーの地拵へ(整地作業)をするというので、忙しいけれど本日、新らしいトラクターで手伝いました。案外、根っこが多くて仕上がったのは午後1時半です。朝から何も食べなかったのでお腹はペコペコで服はベトべト。

美さん、あなたがいたらなあ、と思っていたら、大工の妻君が気をきかしてハム、チーズのサンドウィッチと熱いコーヒー、それからルバーブ(タデ科の野菜)とストローベリーのデザート、氷水をお盆に乗せてもって来てくれました。

私には6軒ほどのお隣があります。大工さん、左官さん、ミルク屋さんなどです。皆いい人達で親切にしてくれます。何処の国の人でも人情に変わりはありません。

美さん、お送りした品物がお気に召したでしょうか。さらに山陽商会を経てお送りした洋服地は着きましたか。未着或いは品物が不満足でしたら遠慮なくいってください。早速かけあいますから。

八月も中旬近くになりました。日一日と多忙になって来ます。今年は是非、好結果を得なければなりません。


1951年○月×日

〈日本の本を送ってほしい〉

一日も早くあなたに逢はねばなりません。あなたがお婆さんとなる心配より、こちらがこれ以上のお爺さんになるのが心配です。幸い、私の健康は上々ですから心配は無用、体重正味百廿五听(125ポンド=約56キロ)。昨年のこの頃より五听程減りましたが大丈夫です。肥へる人は早死にします。

私の友人も太った方で、一ヵ月程前、突然ハートアタックで倒れました。私と同業者で15年間も互いに競争しました。中々親切な男で18年前、私が切開手術を受けた時など多忙なるも平均3日とあけず入院先のマイアミへ見舞いに来てくれました。他の同業者6名と共同で隔日、立派な花をマイアミの花屋を経て二ヵ月近くも送ってくれました。

アメリカ人の美点です。日本人位陰険で不親切な人種は他にありません。もっとも例外もあります。

美さん、またこの手紙も不景気な話になりました。私は全ての物を犠牲にして努力します。あなたも苦しいでしょうが、今暫く我慢してください。あなたのお手紙が私への励ましとなりまた、慰めととなります。左様なら。恋しき美さんへ  

兄より

(追記)

脩さん「沈み行く信濃」(※光文社から出版)を一冊送ってくれませんか。古本で結構。近いうちに雑誌を沢山送ります。


1951年○月×日

美さん

お手紙有難う。先週のサンデーにマイアミの山内君を訪問しました。久し振りで日本語を話し、好きな巻酢飯を御馳走になりました。帰宅したのは夜の11時頃でした。山内君の細君は丹後峰山出身で、よく出来た人です。語学の素養が充分でないので自然と社交も限られているのはお気の毒です。マイアミの周辺には同胞が2、30名いますが、婦人は僅か5、6名です。

依頼した戦記「沈み行く信濃」を、はからずも山内君が所持していたので借りました。戦前に一億四千万円と10年近くの歳月を要して竣工した7万1千トンの航空母艦信濃(※注1)も航行僅か15、6時間で敵の魚雷の攻撃にあい5百数十人が……熊野沖の藻屑となって消へ去ったのです。

第二次大戦中、映画のニューズリールで日本の一大戦闘艦が敵の魚雷をうけ沈没する実写を見ました。二、三十度傾いた甲板を千余の乗組員が蜘蛛の子を散らした様に右往左往と馳せ廻り……、やがて一大音響と共に艦は棒立ちとなり、檣上(※マストなどの上部構造物を意味する)高く、ひるがえる軍艦旗と共に海面へ没し去りました。 

(※注1)横須賀で建造され、1944年、呉軍港へ回航中、米・潜水艦の魚雷攻撃で沈没。当時の世界最大の航空母艦。


1951年○月×日

美さん

随分永い間、音信を怠りました。何とも申し訳ありません。・・・意外な事故が起き、今日、生きてこの手紙を書くのが不思議と思われる位です。詳細は次便で認めますが大丈夫ですから心配無用です。

相変わらず素寒貧です。1951年もあと数週間で終わります。クリスマスも近いので市中は大変な賑わいです。気候は上々、暑からず寒からずです。これで身体が丈夫、懐が温ければ申し分がないのですが。しかし欲に切りはありません。


〈捨て値では土地は売らない〉

暑く昼間は室内でも(華氏)95度(35℃)以上。涼しい風が海から吹いてくるので却って屋外の方が凌ぎやすいくらいです。

トラクターの修繕に行きました。ちょっとした故障は私が直しますが、やはりメカニックが必要な時があります。機械類も人間の身体と同じでいくら注意していても、時に不意に故障が起きます。トラクターはカーやトラックと違って時速15マイル以上は出せませんが、道路は広く、かつ平坦なので乗り心地は悪くありません。

今年は夏作はやりませんし、秋作も事実のところ未定です。しかし人の下で働くのは好みませんし、極小規模でローカル向けの野菜とかを作ろうと思っています。大した利益を望めませんが、北部向けの作物ですと安全です。

売り出してあった私の土地ですが、昨日も一人見に来ました。今時、土地を買う人はお金があり、不景気に付け込んで安買する者です。三年前、地続き30エーカーの中学校の敷地が、1エーカー1千ドルで売られました。

私の31エーカーはアイダ湖を見下ろす金満家の住宅地として近い将来有望になるでしょうから、捨て値では売りません。1926年、すなわちあの全世界を震撼させた不景気の少し以前、1エーカー4千ドルで一度売った土地です。平和が回復すれば反動で景気もよくなります。

GEO

(※、括弧は筆者注)

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★参考:大和コロニーと森上助次。「大和コロニー〜フロリダに『日本』を残した男たち」(川井龍介著、旬報社)より

 

© 2019 Ryusuke Kawai

フロリダ州 世代 移民 移住 (immigration) 一世 日本 手紙 移住 (migration) 森上助次 アメリカ合衆国
このシリーズについて

20世紀初頭、フロリダ州南部に出現した日本人村大和コロニー。一農民として、また開拓者として、京都市の宮津から入植した森上助次(ジョージ・モリカミ)は、現在フロリダ州にある「モリカミ博物館・日本庭園」の基礎をつくった人物である。戦前にコロニーが解体、消滅したのちも現地に留まり、戦争を経てたったひとり農業をつづけた。最後は膨大な土地を寄付し地元にその名を残した彼は、生涯独身で日本に帰ることもなかったが、望郷の念のは人一倍で日本へ手紙を書きつづけた。なかでも亡き弟の妻や娘たち岡本一家とは頻繁に文通をした。会ったことはなかったが家族のように接し、現地の様子や思いを届けた。彼が残した手紙から、一世の記録として、その生涯と孤独な望郷の念をたどる。

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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