https://www.discovernikkei.org/ja/interviews/clips/1573/
フィリピン生まれの引揚者、後にアメリカに移民(1938年生)
(英語)日本人の誰もがニッケイというわけではなく、日本を出て海外で暮らしている日本人のこと日系人と呼んでいます。短期間や一時的にここにいる日本人も日系人とは呼びません。永久的に日本国外で住むと決めた人がニッケイになるのだと思います。なので、私はニッケイ人ですね。
日付: 2017年7月12日
場所: 米国、カリフォルニア州
インタビュアー: 渡辺美津重、西村陽子、レイトン・オカダ
提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター
1938年3月25日にフィリピンのミンダナオ島ダバオでカツジロウとウラ・“ミエ”・ アシザワの長女として生まれる。1945年、彼女が7歳のとき第二次世界大戦で日本が敗北したのをきっかけに家族でフィリピンを離れた後、10年間静岡に住んだ。その後家族はアメリカの市民権を取得。1956年3月にロサンゼルスへ移住し、サワコはアルハンブラ高校に進学し、パサデナシティ・カレッジで学んだ。その後、サンホゼ州立大学に進み、自身の勉強を気前よく支えてくれた恩師との出会いを通して、作業療法士となった。現在はさくらガーデン(元敬老リタイアメントホーム)でボランティアをしている。(2018年3月現在)
太鼓演奏の哲学(英語)
サンノゼ太鼓の共同設立者・支配人 (1951年生)
母と祖母を見て学んだ日本の伝統(英語)
演歌歌手(1981年生)
日本文化の継承-日本語学校(スペイン語)
(1969年生) アルゼンチン日系センターの前会長
目立ちたくない外国人(英語)
在日三世・剣道家
人類全体への思いやり(英語)
ワシントン州出身の二世。戦時中徴兵拒否。(1923年生)
アイデンティティ・クライシス(スペイン語)
家族以外の人前で歌うことはなかった演歌(英語)
日本舞踊を通して感じる日本人・アメリカ人の両アイデンティティ(英語)
日本舞踊・歌舞伎役者 (1918-2023)
日本へ行くこと(英語)
アメリカ人になろうとした結果(英語)
研究者、活動家(1924-2018年)
歌詞の意味を伝えたい(英語)
ネイティブアメリカンの居留地でのインターンシップ(英語)
和太鼓奏者・アーティスト。太鼓センター・オブ・ザ・パシフィック(Taiko Center of the Pacific)の芸術監督。(1952年生)
東海岸とロサンゼルスの違い(英語)
在日日系アメリカ人デザイナー
アメリカの太鼓と日本の太鼓の違い(英語)
新一世。北米和太鼓の第一人者。1968年にサンフランシスコ太鼓道場を設立。(1943年生)
MISで出会った本土からの日系人(英語)
弁護士、MIS退役軍人、フランシス&サラ・ソギ財団創設者 (1923-2011年)