スタッフと苦闘(英語)
(英語)僕ら中心メンバーがギドラを運営していましたが、自由な人の流れがあり、来る者も去る者もいました。1、2ヶ月手伝って辞める人や、夏だけ働きに来る若者もいました。でも、そういった全てのことから、僕らは多様性だけでなく活力も得ていました。それは、全てを網羅する経験のようでした。ですから、新聞の中身を超えて、僕が思うに、前にも言いましたけれど、僕らは皆今でも友達です。仲間意識があるんですね。毎日朝の4時、5時まで寝ずに、怒鳴り合ったり叫んだりしながら共に苦闘し、何かを作り上げていました。つまり、本当の結束は、試練があってこそだと思うのです。
第442連隊戦闘団が今でも皆で集まっているのも同じ理由です。彼らには苦闘という共通の経験がありました。強制収容所に収容された人々も苦闘という経験を共にしていました。僕らの体験をその2つと同列に扱うことはできませんが、僕らは僕らなりに、互いの違いに妥協点を見出しながら、ご存知のとおり、より大きな運動に貢献したいという想いで結束していました。
日付: 2011年9月29日
場所: 米国、カリフォルニア州
インタビュアー: クリス・クロミツ、ジョン・エサキ
提供: 全米日系人博物館、ワタセ・メディア・アーツ・センター
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ケニー・エンドウ
ネイティブアメリカンの居留地でのインターンシップ(英語)
和太鼓奏者・アーティスト。太鼓センター・オブ・ザ・パシフィック(Taiko Center of the Pacific)の芸術監督。(1952年生)
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