Ikumi Akiyama

82年生まれ。静岡県伊豆出身。大学在学中に訪れたボリビアとブラジルの日系人コロニアに心を打たれ、卒業後邦字紙ニッケイ新聞で記者研修。その後偶然日系人の妻となり母となり、細々と同紙通信員を続ける。現在エクアドル在住。

(2014年3月 更新) 

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麻が結わえた南米との絆 =エクアドルの古川拓植= その3/3

その2を読む >>アバカ林の先に日本庭園=受け継がれる移住者の信念サントドミンゴから南へ約40分、ケベド市の少し手前に「バルサ買います」という小さな古びた看板がぶら下がっている。門を抜けると、看板には似つかわしくない大きな工場が現れた。 積まれた丸太を軽々と投げ渡し、大きな回る刃にあてて分割していく、それは木の太さからは信じられないほどの素早さだ。 それもそのはず、ここは世界一軽い木バルサの製材所だ。現在はほとんど製材所にやってくることはないという創業者の羽富(はとみ)博さん(69、茨城)が工場を案内してくれた。 先ほどの機械で長さと太さを大体揃えられたバルサは、大きな乾燥室に約13日間に入れられ、水分が90パーセントから8パーセントになるまで乾かされる。もともと軽い木であるが水分が抜けたバルサは固いスポンジのように軽い。 バルサ材はアメリカに輸出され、「そこから全世界に行く」と言う。 [inline:Ecuador5.jpg] * * * * * 「バルサのいいところはね」と羽富博さん。「種を撒いてから4、5年で切れる。手入れもほとんど必要ない。ちょっと土地が余っている人は種を撒いておけば臨時収入を得られて助かるんだよ」。 羽富さんがエクアドルに来たのは72年。日本の商社の駐在員として来たが独立した。古川拓殖の2代目古川欽一社長の資金援助でBALPLANTを設立…

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麻が結わえた南米との絆 =エクアドルの古川拓植= その2/3

その1を読む >> =従業員とサッカーで団結=紙幣や煙草、紅茶袋にも 古川拓殖から独立した日本人アバカ業者がソシオ(会員)となっているABAUDESAは、干された状態で納入されたアバカ繊維を品質の等級に分け、きれいに掃除し、圧力をかけて固め、日本に向けて輸出している会社だ。 そこで雇われ社長をしているのはグアヤキル生まれの二世、古木雄治さん(27)。1年半前、前社長が体調を崩したため、ソシオが一日交替で社長の仕事をしていたときに白羽の矢が立った。 * * * * * 古木雄治さんの両親は子供の頃ボリビアのサンフアンに移民として渡ったが、後にエクアドルに再移住しており、南米生活は長い。でも家庭内は日本語で、古木さんも日本の大学へ留学経験があり、丁寧語も使いこなせる。 現地人とも日本人とも交渉が重要な役に適していたが、それまではフリーランスで通訳や映像の仕事をしており、アバカに関しては全くの素人だった。 「サントドミンゴに来たのも初めてで、何もわかりませんでした。1カ月は従業員の皆さんと一緒に働いていろいろ教えてもらいました」。ニコニコと話す古木さんは、不思議と苦労を感じさせない。 エクアドルでも特に活気のあるグアヤキルから突然、鳥の鳴き声しか聞こえないプランテーションのど真ん中に転住した。でも、「車がなくて渋滞もないし、静かで落ち着きます」と微笑んでいる。 新米の若社…

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麻が結わえた南米との絆 =エクアドルの古川拓植= その1/3

=戦前ダバオ、奇縁で再興= スザノからの転住者も入植 戦前からの熱い日本移民の志を引き継いだ男たちによるエクアドル移住――。南米の中でも日本人移住者が少なく、国策としての移民がなかったと言われるエクアドルだが、実は戦後、日本海外移住振興株式会社からの融資を受け、古川拓殖株式会社が事業を始めていた。知られざる「古川拓殖」のアバカ事業と、それに関係する日本人農業従事者の今を追った。 標高2800メートルの首都キトから車で3時間、途中、耳抜きを何度もしながら西へ下っていくと、サントドミンゴ・デ・ロス・ツァチラス県に入る。県都サントドミンゴ・デ・ロス・コロラドス=通称「サントドミンゴ」では、キトでは見ない三輪のモトタクシーが走り回り、むわっとした空気が漂い、まるでアジアのどこかの国にやって来たような錯覚をおぼえる。 そこからさらにアバカやパームヤシのプランテーションの脇を40分、未舗装の道を20分奥へ進む。ふと、拓けた空間にすっきりと整えられた芝が広がる。 [inline:Ecuador1.jpg] 芝が象る文字は「FPC」(Furukawa Plantacions C.A.)。戦前、フィリピン南部ミンダナオ島のダバオにおいて、南洋一の日本人社会を作った古川拓殖のことだ。同社は古川義三氏(1888―1985)によって1914年にダバオで設立され、「マニラ麻」とも呼ばれるアバカの…

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