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アメリカの日本語媒体

第6回 1990 年創刊『いろは』- ダラス日系社会密着型の月刊新聞

地元日系組織との連携

ダラスの日系社会に根付いた日本語新聞『いろは』。

ダラスで発行されている無料の日本語新聞『いろは』の名前を聞くことは度々あった。しかし、カリフォルニア在住の筆者にとっては、どのような媒体なのか、中身を知る機会がなかった。その理由は同紙が地元の日系社会密着型であり、地域外に向けて情報を発信していないからだということが、発行人の上田誠さんの話から分かった。2021年8月現在、電子版の発行はしていない。

『いろは』が創刊されたのは1990年。今から30年以上前のことだ。ダラスの鉄板料理レストランのシェフとして渡米した上田さんは、その後、キャリアを変えてカメラの修理の仕事に携わった。そのような異業種からなぜメディア発行人に転身したのか、その経緯が興味深い。

「ダラスに日系の食料品店があって、そこのオーナーが常連の顧客に宣伝目的で郵送していたダイレクトメールに記事をプラスして、ニュースレターを作成してくれないかと頼まれたのが最初です。送られたものが広告だけでは見てもらえないからというのがその理由でした。やったことないからできないと断ったのですが、あくまでも『いや、できるはずだ』と言われて、そこまで言われたので『じゃあ』と引き受けることにしました。レターサイズで8ページ。日本語のワープロを日本から友達に送ってもらって、それで原稿を入力して切り貼りして作成していました。最初から今と同じ月刊でした。当初は食料品店のオーナーが広告主を紹介してくれていましたが、そのうちに自分でも広告を取るようになって、2、3カ月で収支がトントンになりました。そして2年後にはカメラの修理の仕事を辞めて、『いろは』の専業になりました。その背景にはカメラの修理が以前のようにお金にならなくなったことがあります。次々に手頃な新しいモデルが出てくるので、わざわざ修理に出す人が減ってしまったんですね」

こうして、未経験だったメディアの仕事に本格的に携わるようになった上田さんは、ダラス日本人会や日米協会、さらには日本人補習校との関係性を強化しながら、地元社会のニュースを取り上げ続けた。現在のコンテンツは、地元社会のニュースを中心にダラス在住者による多数のエッセーからクラシファイド、日米のニュースまでカバーし、読み応えがある。発行部数5000部、サイズはタブロイドで16ページだ。

「ダラスの日本人社会の規模から考えると、競合紙が生まれても共存できる市場ではないことから結局、うちの新聞だけが生き残りました。今までに5、6紙は創刊されたと思いますが、そのタイミングに合わせてうちの新聞の紙の質を良くしたり、カラーにしたりして対策を立てました。トヨタがダラス近郊のプレイノに移転したのは2017年くらいですが、残念ながら日本人社会の規模はそれほど大きくはなっていません」。

トヨタ移転とともにテキサスの日本人の人口が急増したようなイメージがあるが、上田さんによると、必ずしもそうではないということだ。だからこそ、前述のような以前からある地元の日系組織との連携が、同紙の基盤作りの大きな要因になったのだと上田さんは強調する。

営業、取材、会計まで1人

カメラ片手に自ら取材に出掛ける上田さん。  

「ダラスの補習校のイベントの写真撮影は30年以上任されています。最初は自分の子どもも補習校に通っていました。そこで、入学式や卒業式といったイベントが開催されるたびにお声がかかって、私が出かけて行き、撮影しました。それからダラスの補習校とヒューストンの補習校で毎年、ソフトボールの試合を恒例で行うんですが、その撮影もずっと担当しています。このように、ダラスでは地元の日系社会密着型でないと生き残っていけません。ダラスの日米協会や日本人会のイベントも取材に行きます。読者からしたら、そのイベントに行くことができなかったけれどどんな様子だったか知りたい人が多いはずです。一方で、イベント参加者で紙面に載った自分の顔を見たいという人もいます」。

こうして、上田さんはフットワーク軽く取材に出かけるのだと話してくれた。さて、スタッフは何人なのだろうか?そんな筆者の質問に上田さんはさらりと「私一人です。一時期、事務的なことを知り合いにお願いしたことはありましたが、基本的に営業、企画、取材、撮影、執筆、デリバリー、会計まで一人でやっています。会計は嫁さんに手伝ってもらいますが(笑)」と答えた。

営業に関しては、上田さん独自の信念があるようだ。「広告の効果がないだろうなというところには、広告を出したいと言われても断ることがあります。日本人のお客さんが欲しいからと言ってきますが、『日本人にあなたの店はアピールしません』とはっきり言います」。

このように自らの信念を貫きながら、たった一人で30年以上、ダラスの日本人社会に支持される媒体を発行してきた上田さんに今後の予定を聞いた。

「新しいことを始める予定はあるか?いやあ、もう引退させてくださいよ(笑)。でも、この仕事のやりがいは今も、読者が新聞を見てどこかに行ったとか、誰かとつながったと聞くたびに実感します。発行が遅れると電話をかけてくる読者もいます。でも、そういう声が聞きたいからやっているのかと言うと、そうではなくて、人にどう思われようと自分が好きだからやっているんです。新聞発行人のポリシーとしては、個人攻撃や誰かの害になるような情報は絶対に載せないということです。私は文章を習ったわけではないし、誤字脱字もあるかもしれないけれど、それでも読みたい人がいることに感謝しています」。

上田さんの飾ることがない正直な姿勢が、『いろは』が長らくダラスの日系社会で信頼を勝ち得ている理由に違いないと確信してオンライン取材を終えた。

 

© 2021 Keiko Fukuda

Dallas Japanese Magazine newspaper Texas United States

Sobre esta série

アメリカ各地で発行されている有料紙、無料紙、新聞、雑誌などの日本語媒体の歴史、特徴、読者層、課題、今後のビジョンについて現場を担う編集者に聞くシリーズ。