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銃剣とブルドーザー=米軍に美田奪われた伊佐浜移民

第5回 「人生で今が一番幸せ」

屋良家は1970年ごろに出聖して縫製業を始めた。家族総出で朝7時から夜12時まで働いた。屋良さんは「うちは姉妹が多くて縫物なら女、子供でもできた。寝る間も惜しんで働きました」と言う。

今は一人暮らし。週に一度、近郊のグアルーリョス市から息子が訪れる。屋良さんは「ブラジルに来たばかりのときは日本に戻りたいと思っていました。でも『住めば都』という言葉の通り、今はここが私の場所のように感じます」と話す。

「米軍に土地を奪われてブラジルに来たことをどう思いますか」と尋ねた。

数秒の沈黙の後、屋良さんは「昔のことは昔のこととして割り切らなくては」と静かに答えた。一方で「私たちが土地を取られたことを沖縄の人たちには忘れて欲しくない。それだけ苦労しましたから」と話した。

田里雪子さんは「語り継ぐ必要はないわ。もう昔のことは忘れて前を向いていきましょう」と笑って話す。

それに対して記者が「再び戦争を起こさないためにも、みなさんの辛かった経験は教訓になると思います。そのうえで将来、伊佐浜のことが語り継がれなくなるのは残念だと思いませんか」とたたみかけると、「それでも前を向かなきゃね」と小さな声で言った。

雪子さんの家はコザ市(現沖縄市)にあった。終戦後、米軍が道路作るという理由で強制的に家を取り壊した。父親が長年ハワイに出稼ぎにいった蓄えで建てた家だった。「父は壊されたことについて何も言わなかった。でもとても悲しそうな顔をしていたのを覚えている。父はその2ヵ月後に亡くなったの。心底つらかったと思う」と話した。

雪子さんは「戦争に負けたんだからしょうがない。沖縄ではね、戦後ずっと経っても戦争は終わってなかった…。さあこんな話はもうやめましょう」とさえぎった。

泣きそうな顔から再び笑顔に戻った雪子さんを見て、それ以上、尋ねることはできなかった。

澤岻さんは「今の人たちには、僕らが歩んだ道と別の道を歩んでほしい。こんなにも苦しい思いをするのは、僕たちが最後であってほしい」と話す。「戦争は絶対にあってはいけません。沖縄には基地がある。もし次の戦争が起きたら、ミサイルで沖縄が狙われるかもしれません」と力を込めた。

記者が「それでは基地撤廃を支持するんですね」と尋ねると、口を閉ざした。今も沖縄に影を落とす基地問題。米兵による犯罪や飛行機のトラブルなどが度々取りざたされる一方、軍用地料の受け取りや基地関連施設での雇用など、沖縄県民にとって不利益なばかりではない。

記者が「今は返還後と比べて基地経済への依存度はずっと低い」と伝えると、「基地をこれ以上増やすことはいけない。ただ、完全になくすことで沖縄の経済が困るのではないだろうか。困らないようになくすことが出来ればよいと思う」と言った。

終戦を迎えた後、安住の地だったはずの土地を奪われてブラジルに渡った伊佐浜移民。故郷の美しい田園は遠い昔の風景となり、今はブラジルが「自分の国」だ。澤岻さんは言う。「ここには家族も友達もいる。人生の中で今が一番幸せです」。

取材を通して、過酷な境遇に対する彼らの複雑な心境に触れた。3家族とも、自分のおかれた状況を前向きに捉えなおさなければやってこれなかった厳しい現実があり、それを過去へと押しやるようにして懸命に生きてきた。

実は沖縄県側には、伊佐浜土地闘争を当事者として語れる人が、もうほとんどいないという。今回語ってくれたブラジル側の語り部の存在は、それゆえにとても貴重だ。 

 

*本稿は、「ニッケイ新聞」(2018年3月20日)からの転載です。

 

© 2018 Rikuto Yamagata / Nikkey Shimbun

Brazil Isahama land confiscation migration okinawa U.S. forces in Japan war World War II

Sobre esta série

終戦から10年目の1955年7月19日、「沖縄有数の美田」といわれた宜野湾市伊佐浜の土地、さらに家屋までが米軍によって強制接収された。土地を失った10家族が縁故のいない未知の国、ブラジルに移住したのはその2年後のことだった。「伊佐浜土地闘争」は強制接収に対する初期の抵抗運動として、その後の「島ぐるみ闘争」で象徴的に語られる史実となった。その一方、渡伯した人々がどんな人生を送ったかは、あまり知られていない。どのような想いで土地を奪われ、故郷を離れたのか。どんな思いを秘めてブラジルで生きてきたのか。3組の伊佐浜移民への取材を通して、激動の沖縄近代史の一端をたどった。全5回シリーズ。「ニッケイ新聞」からの転載。