土曜日の朝、僕は珍しく自分で起きた。ママは
「あら、珍しい」
と言って僕に出掛ける準備をさせた。僕は車を運転しているママに
「何処に行くの?」
と聞いた。
「何言ってるの?今日は幼稚園のお盆の日でお手伝いするって言ったでしょう?」
そうだ、今日は僕の通う東本願寺のお盆の日だ。後でベイクセールでカップケーキ買って貰おう。少し楽しみになった。
幼稚園に着いたママと僕は、すぐに手伝う教室に向かった。教室はいつもと違って椅子も机も無い。結構広いなと思った。教室の中心にはいつもと違う長いテーブルがあって、クッキーやケーキが並んでた。僕は後で買って貰うのを選びながらテーブルに沿って歩いていった。
「こうちゃん、おいで!今のうちに浴衣着せちゃうから」
ママは僕を呼び、他のママ達や先生達と話をしながら僕に青い浴衣を着せた。
「かわいい」
と皆に言われて少し恥ずかしかった。僕は男の子だから可愛いじゃ駄目なんだ。
お祭りが始まって僕は邪魔にならないようにと、教室の隅っこの椅子に座った。
ママは振り向き僕に5ドルをくれた。
「ママ忙しいから、お腹空いたらこれで何か買いなさい。でも行く時はちゃんと言うのよ。ママここに居るから」
僕はお金を受け取り浴衣の袖に入れた。まだお腹は空いてないし、友達も見当たらない。
「もう少しここに居るよ」
でも正直つまらない。周りを見渡している時、僕は聞き覚えのある声を耳にした。
「幸太郎!」
誰かが僕の名前を呼んだ。僕は周りを見渡した。でも知ってる人は居ない。
「幸太郎!こっちだよ!」
教室の窓の外を見ると、お祖父ちゃんの姿があった。僕はすぐに立ち上がり、忙しそうにしていたママに声を掛けた。
「お祖父ちゃんと行ってくるね」
聞こえているのか聞こえていないのかは分からなかったけど、ママは頷いた。僕はお祖父ちゃんの元に走って行った。お祖父ちゃんに会うのは久しぶりで嬉しかった。
「お祖父ちゃん!」
お祖父ちゃんは僕の頭に手を載せ笑ってくれた。
「一緒にお参りに行こう」
僕は
「うん!」
と答え、お祖父ちゃんとお寺に向かった。二人で手を握り階段を上った。少し不思議に思ったのは前にお祖父ちゃんと逢ったとき、お祖父ちゃんは杖をついて少し歩いただけでも苦しそうにしていたのに、今日のお祖父ちゃんは元気だった。階段の上に着いた時、お祖父ちゃんはお寺の入り口の端にあるベンチを指さした。
「階段で少し疲れた。少し座って休もう」
やっぱり苦しかったんだと僕は思った。お祖父ちゃんと僕はベンチに座り、周りを見渡した。今まで気付かなかったけど、階段の上は結構高かった。周りを少し見渡していた時、お祖父ちゃんは話し始めた。
「小東京も大分変わってしまったな・・・。少しさみしいな」
今まで笑っていたお祖父ちゃんの顔は少し悲しそうだった。
「昔は毎日のようにハツとこの小さな町に来てな、ハツとの買い物は何時間もかかってな・・・」
嫌がってる口調のわりに、お祖父ちゃんは嬉しそうにハツお婆ちゃんとの日常を話し始めた。お祖父ちゃんは3rdとAlamedaにある建物を指さした。
「昔はあそこにヤオハンというスーパーがあってな、ハツはいつも一時間以上かけて買い物してたな。祖父ちゃんは良く飽きると中にある旭屋と言う本屋で立ち読みしたり、お腹が空くと目の前のパン屋の銀座屋で菓子パンを買って食べたな。様子を見にスーパーに戻ると、ハツはいつも『これはエンブンの方が安い、あれはモダンフードの方が安い』と言って、祖父ちゃんに買い物袋を持たせて次のスーパーに向かってな・・・。二、三ブロック先のもう二つのスーパーに行ってな。いつも同じ順番でな、ヤオハン、その後はモダンフードにいったな」
僕は楽しそうに話すお祖父ちゃんを見て嬉しかった。
「モダンフードって何処?」
お祖父ちゃんは僕を見て話しを続けた。
「Pinkberryがある建物は、昔大きなスーパーだったんだよ。その前にある小東京日本村広場の中にある、今はニジヤだけどな、昔はエンブンという小さなスーパーがあってな。買い物に行く度にその三軒を全部回されたわい。ハツが買い物の間、祖父ちゃんはミツルで今川焼きを買って外で待ってたんだ。いつもハツに見つかると『またご飯前に甘い物食べて』と怒られたけど、ハツの分を見せると喜んで食べてたわい。ハツは買い物上手でな、文句も言えんかった。しっかりしておったな」
ハツお婆ちゃんの話をするお祖父ちゃんの表情は嬉しかったり、悲しかったり、寂しかったりしていた。
「週に一回は必ずホンダプラザにある花亀という所にてんぷらそばを食べに行ったな。そこには今の幸太郎と同じぐらいの女の子が居てな」
お祖父ちゃんはそう言い、僕の頭に手を載せた。
「でも帰りはその店の二件隣のサンビデオでビデオを借りてな。ハツはいつもドラマを借りて、祖父ちゃんは時代劇を借りたな。でも家に帰るとどっちを先に見るかでいつももめたが、いつもハツのドラマを先に見る事になったわい」
少しいじけている様に見えたお祖父ちゃんだった。
「今日の様に暑い日は、三河屋のカウンターでカキ氷を二人で食べてな。二人で一つ頼んだイチゴ味のカキ氷がうまくてな。幸太郎の好きな桜餅をよく買った店だよ」
今でも季節になるとママが買ってくれる桜餅、前はよくお祖父ちゃんとお婆ちゃんが買って来てくれた。
「幸太郎は風月堂の柏餅も好きだったな。幾つになっても男の子の節句の日には柏餅だな」
そう言ってお祖父ちゃんは笑い出した。
「僕、こう楽のラーメンも好きだよ!」
「そうだったな、よく皆でこう楽にも行ったな。こう楽の隣に前は木村屋と言う写真館があってな、祖父ちゃんはそこで見たライカのカメラが欲しくてな。高かったからいつも見るだけだったんだ。そしたらハツがな、祖父ちゃんの誕生日に買ってくれたんだ。あれほど嬉しい事は無かった。でも、それが祖父ちゃんのハツとの最後の誕生日になったな・・・」
お祖父ちゃんの目から涙が一粒流れた。
「ハツが入院してた時な、丁度結婚60周年でな・・・。祖父ちゃんはホンダプラザのミキセキに行ってダイヤモンドの指輪を買ったんだ。60周年はダイヤですって定員に勧められてな。祖父ちゃんは病院に行ってハツに指輪を見せた時、ハツは大事そうに指輪の入った箱を握り締めて『幸せでした』と一言言って、目をつぶって、そのまま目を開けんかった」
僕はお祖父ちゃんの横顔を見て悲しくなった。僕はお祖父ちゃんを見上げた。お祖父ちゃんは僕の顔を見て笑った。
「何て顔をしてる、さっ笑ってお参りに行こう」
お祖父ちゃんは僕の手を取り立ち上がった。そしてお寺に入る前に周りの景色を見渡した。
「変わってしまったが、良い時代になったな。色んな人種が皆で楽しんでいる。祖父ちゃんが幸太郎くらいの歳の時とは違うな。町が変わって寂しいが、良い事もある。皆が一緒になれる時代だな」
そう言ってお祖父ちゃんは僕の手を引いた。
「お祖父ちゃん、お婆ちゃんに逢えなくて寂しい?」
お祖父ちゃんは笑って答えた。
「いいや、毎日逢ってるよ」
僕はその答えが不思議だった。でも頷いた。
お寺に入る前にお祖父ちゃんは僕にお賽銭をくれた。
「これを賽銭箱に入れるんだよ」
「分かった、ありがとう」
お寺の中はお線香の匂いがした。僕はお線香の匂いが好きだった。いつもお祖父ちゃんの家に行くとお線香の匂いがした。お祖父ちゃんは僕の手を引き、お賽銭箱の前で止まった。
「お賽銭を入れて、ちゃんと手を合わせなさい」
僕は言われた通りにお賽銭を入れて手を合わせ、目をつぶって下を向いた時、お祖父ちゃんは小さい声で僕に呟いた。
「幸太郎、お盆は何の為にあるか知ってるかい?」
僕は手を合わせてまま目を開けてお祖父ちゃんを見上げた。
「大好きな人に会うためだよ」
お祖父ちゃんはそう言って微笑んだ。お祖父ちゃんは僕の手を取ってお寺の外まで一緒に歩いて行った。
「今日は、今までで一番楽しい日だった」
お祖父ちゃんがそう言い、「僕も!」と言おうとした瞬間
「こうちゃん」
ママの声がして僕は振り返った。ママはお寺の階段を登り、僕の手を取った。
「何処行ってたの?何処にも居ないし、お友達と行くと思ってたけど皆こうちゃんに会ってないって言うし」
「お祖父ちゃんといたの」
そう言い僕はお祖父ちゃんの居る方を見た。でも・・・お祖父ちゃんはそこには居なかった。
「あれ?お祖父ちゃん居たのに」
そう言いママを見ると、ママは下を向いていた。
「ママ?」
ママは涙いっぱいの顔で僕を見上げた。真っ赤な顔をして微笑んだ。
「そう、楽しかった?」
僕はよく意味が分からなかった。どうしてママは泣いてるの?と思った。でもママは笑ってるから僕も笑った。
「うん!楽しかった!」
* このストーリーは、リトル東京歴史協会による第3回ショートストーリー・コンテストの日本語部門での最優秀賞作品です。