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日系アメリカ人との出会い

おじいさんやおばあさんが英語を話している!約1年前、日本から来たばかりの私は、たったそれだけのことに、ひどく衝撃を受けた。それまで暮らしていた日本では、(田舎だったからかもしれないけれど)ご高齢の方が英語を話すのを見たことがなかった。そもそも、若い人だって苦労しているのに、見た目はうちのおばあちゃんと変わらない人たちが、流ちょうに英語を操っているなんて、信じられない。それほど私は「日系人」のことを何も知らなかった。

全米日系人博物館で開かれたハロー・キティ展

日系人に興味を持ったきっかけは、全米日系人博物館を訪れたことだ。楽しみにしていたハロー・キティ展を見終わり、日系人の歴史を紹介する常設展を何気なく見て回っていた。日本語の説明を読んでいると、「日本語で説明しましょうか」とボランティアのおじいさんに呼び止められた。それから約1時間、マンツーマンのVIPツアーが始まった。日本で真面目に歴史を学んだはずだったのに、収容所の生活も442連隊の存在も、初めて知ることばかりだった。マンザナー収容所の模型を前に、「本当にこんなことが起こったのだろうか」と、不思議な気持ちになった。

「ここから車で行けますよ」と教えてもらったので、2015年8月、仕事を兼ねてマンザナー収容所に向かった。私が働く日系情報誌で、戦後70年の特集として取り上げようと思ったのだ。ロサンゼルスから車で約5時間。山と岩と砂以外何にもない場所に、体育館のような博物館、当時の様子を再現した小屋、見張り台が建っていた。車を降りると、熱風に砂埃が舞い、肌はジリジリと焼けた。「こんなところで人が暮らせるのだろうか」

2015年夏に初めて訪れたマンザナー

受付で話を聞くと、珍しそうに「どこでこの場所を知ったの?」と訪ねられた。日本からカリフォルニアへの訪米客は多いが、マンザナーを訪れる人は少ないという。そもそも日本では「日系人」や「収容所」の存在について語られることはほとんどなかった。

日系高齢者施設“Keiro”売却反対集会に集まったお年寄り(2015年10月15日)

マンザナーで日系人の歴史に触れた1か月後、今度は現代の日系人の方々と出会った。あるおばあさんから「緊急取材のお願い」のメールが送られてきたからだ。内容は日系高齢者施設「Keiro」の売却だった。当時、日本からロサンゼルスに来て、半年しか経っていなかった私は、日系の高齢者施設があることすら知らなかった。寿司もラーメンも、お寺もあるが、高齢者施設まであったのか。一番驚いたのは、「日本語」の高齢者施設ついて、売却の説明も、反対の集会も主に「英語」で行われていたことだ。日系人と一口に言っても、1世から2世3世4世まで、話す言葉も育った環境も、考え方も異なるということを初めて知った。

日本を離れアメリカで生活を築いた日系人の歴史を知ることは、現代を生きる日本人にも役に立つだろう。止まらないグローバル化中で、頼もしい道標となり教わることも多い。日系人の歴史を知ることで、新たな道標を見つけることが今から楽しみだ。

 

© 2016 Yumi Mizukoshi

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