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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

番外編: 森上助次を撮影したカメラマン・諏訪徹 — 庭園の仕事から国際的なフォトジャーナリストに — その2

川井 龍介

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孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

番外編: 森上助次を撮影したカメラマン・諏訪徹 — 庭園の仕事から国際的なフォトジャーナリストに — その1

川井 龍介

フロリダに「森上ミュージアム・日本庭園」として、「森上(Morikami)」の名を残した京都府出身の森上助次(ジョージ・モリカミ)の晩年の姿を写真におさめたのが、当時パームビーチ・ポスト紙のカメラマンだった諏訪徹(スワ・アキラ)氏だった。1960年代、諏訪さんもまた、夢を描いてアメリカにわたった一人。渡米後にプロのカメラマンとなってアメリカ国内をはじめ世界をめぐってきた諏訪さんについてご紹介したい。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

最終回 夢と孤独と望郷と‐森上助次の人生 

川井 龍介

20世紀のはじめ、アメリカのフロリダ州に日本人による入植事業があったことはあまり知られていない。「大和コロニー」と呼ばれた“日本人村”が生まれ、パイナップルや野菜作りが行われた。しかし厳しい自然条件や地価の高騰などで、コロニーは戦前に解体し、ほとんどの入植者は去っていった。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

 第39回 すごい人だった、伯父助次

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹、岡本みつゑさん一家にあてて膨大な数の手紙を送り続けた。これまでその手紙を紹介しながら助次の半生をたどってみたが、この手紙は、みつゑさんの二女で助次の姪にあたる三濱明子さんが長年保管してきたものだった。京都府木津川市に住む明子さんに、手紙をあらためて読み直してもらい、伯父の助次についてきいてみた。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第38回 アメリカに来て70年、長い夢だった 

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。さまざまな病をかかえ、体調を崩しながらもアメリカに来てから70年目を迎えたことや、数えで90歳となったことに感慨を覚え、故郷を去って以来一度も会わず先に逝った父母や兄弟のことを思い涙ぐむ。その一方でこれまでの年月を振りかえり、「何もできなかった」、「長い夢にすぎなかった」と嘆息する。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第37回 地獄の門一つ手前で助かる

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。土地寄付の記事が新聞に出たため、アメリカ国内だけでなく日本からも含めて百通近くの手紙が来たが、そのほとんどが「金の無心だ」と呆れる。体が自由に動かないといいながらもトラクターに乗ることもあるようだが、あるとき溝にはまって転倒し投げ出された。「地獄の門一つ手前で助かった」という。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第36回 最後の生き残りになった

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。1973年11月、87歳になってだいぶ体のあちこちが痛むなど不調を訴えている。少し歩くのがやっとのようだ。農作業も難しくなってきたから注文した種は送らなくていいという。新しいトレーラーハウスを購入、湖水を見下ろす丘の上に据えた。近くに住む古くからの同胞が亡くなり、とうとう昔からの日本人はひとりになった。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第35回 土地を寄付、将来公園になるという 

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。所有する森林にはさまざま鳥たちが集まってくると満足。アメリカでの植栽事業に意欲を燃やし、檜の苗木を5千本植え、パイナップルの苗は、広い土地にひとりで這いずるようにして植えていったという。地元の郡へ土地を寄付し、それが公園化されることになると報告。一方、日本の故郷にも同様の申し出をしたがなにも返事はなかったと憤る。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第34回 急速な開発、田舎に移りたい

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。回想はますます時を遡り、幼いころ宮津藩の飛脚だったという祖父が語ってくれた話を思い出し、伝える。一方、フロリダの開発は急速に進み、訪れる人はますます増え、まわりの住宅開発も盛ん。自然を好む身としてはもっと田舎へ移りたくなったという。

孤独な望郷 ~ フロリダ日系移民森上助次の手紙から

第33回 自分の墓は自分できめる

川井 龍介

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、夫(助次の弟)をなくした義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。体の不調や痛みなどを訴えることが多くなった助次だが、日本に種子を注文するなど、畑仕事は断続的につづけている。一時は、なにも読む気力がないといっていたのが、読書欲がでたのか日本に本や雑誌を注文している。例年と違い1972年の誕生日には、だれも祝いに来てくれなかったという。

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日本のジャーナリスト、ノンフィクションライター。
ジョン・オカダの小説「No-No Boy」を読んだのがきっかけで、日本人移民、日系人について興味をもつ。もっと日系アメリカ人のみなさんに日本に来てほしいと願っています。 

日系関連の興味分野

  • コミュニティ
  • 家族史
  • 日本町

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