ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2019/2/22/sukeji-morikami-3/

第3回 小さな友だち

南フロリダの大和コロニーの一員として渡米、コロニー解体後もひとり最後まで現地にとどまり生涯を終えた森上助次は、戦後、義理の妹一家にあてて手紙を書きつづける。あるとき、売れそうになった土地の売買は朝鮮戦争によって実現しなかった。しかし、女の子との友情も芽生えたという。

* * * * *

1950年〇月×日

〈朝鮮事件で土地売却がキャンセル〉

お手紙5通を受け取りました。ろくに返事も出さずすいません。気を落ちつけて読んで下さい。1ヵ月前、私の所有地の一部を売却しました。相当な額になります。これであなたへの約束の履行でき、借金も支払い、事業の資金も先ず十分と喜んでおりました。

しかし、好事魔多しというのか、突然起きた朝鮮事件(※朝鮮戦争、1950年6月25日勃発)の為、この約束は取り消しとなったのです。無理もありません。戦争ともなれば住宅地に投資する者はありません。それで止むをえずいま、予定を繰り上げ未払いの苗代の回収を始めていますがむずかしいのです。御承知の通り、当地方の百姓を40年来していればわかります。百姓は、十中八九赤字で苦しんでいるので、支払ってくれません。いや支払えないのです。

そして私も昨今、善後策について頭を痛めております。しかし心配は無用です。窮すれば楽ありで、何とか都合が出来る事と思います。ともかく五十弗だけ、一昨日、郵便為替で送りました。こんどはこれまでより迅速に着する事と思います。

人間が生きているかぎり、予想しない事が次々と起こります。それを一々、苦にして物事のダークサイドばかりを見ていては生きることはできません。

私は宿命論者ではありませんが、多年苦労したお蔭で何事も善意に解し、物事のブライドサイドを見るようになりました。修養が大分出来ました。ただ、約束した事が果たせない場合には責任感で苦しむのです。

美さん(※義妹、岡本みつゑのこと)も、余り物事をクヨクヨ心配せぬようにつとめて下さい。取り越し苦労位、身体の為に悪いことはありません。私の母は気丈ではありましたが、余り心配しすぎて神経衰弱に陥り医師もさじを投げた程でした。そこで医師の勧めで喫煙をはじめたところ、結果がよく多分一生のみ続けた事と思います。あなたもひとつこころみられては如何ですか。


〈野兎に苗を食べられる〉

大和コロニーの労働者(©Morikami Museume & Japanese Gardens )

丁度、今七時、夕餉の支度に取りかかったところです。今日は、夕方4時過ぎに仕事を終え、雇人の黒人2名をタウンに連れて行きました。食料品を買い求め久し振りに映画に行く予定でしだが、どうも苗床が気掛りなので映画に行くのをやめました。

苗物が不足しているとよく留守中に盗まれることがあります。昨年もタウンに行っている間、百弗余りのペッパー苗を盗まれました。

それに加えて、今夕も野兎の奴めが来て、大切な苗を食っているではありませんか。6時半にもなると、もう真っ暗ですからカーのライトで照らして、早速ブローガンを取り出して振りかけました。兎はよごれたものは決して食べません。


〈子どもとも仲良しになる〉

昨日私のふるい友人から手紙が来ました。ヴィヴィヤッパークスという女の子で小学校2年生、大きな青い眼の人なつっこい娘です。

昨冬両親と当地に避寒に来て、私の農園の近くでハウストレーラーに住み3月に故郷のケンタッキーに戻りました。お父さんは大工さんです。この子は猫が大好きで chee(チー)と呼ばれる三毛猫を一匹連れて参りました。

その子からの手紙に曰く

「マンゴー沢山ありがとう。こんなおいしい果物を食べた事はありません。チーがカー(車)にひかれ死にました。私は永い間泣きました。裏の畑の桃の木の下に葬ってやりました。色々の草花を添えました。寒くなったらまたフロリダへ行きます。」

私はチーのような可愛い猫を探してあげると約束して慰めました。こちらでは幼い時からこうして自分の身の回りの事を自分で始末する習慣を付けています。私は大変良い事だと思います。


〈トンボのような蚊?〉

今年は西風が多く、従って蚊も多く、時には日中にもなやまされる事があります。聞けば六種程あるそうです。蚊は、当地西部のスワンプ(湿地帯)で発生、西風に乗ってやって来ます。大きいのはトンボ位あってヒコーキの様な音を出して空を飛んで来ます。

 それはウソですが、時に4分の3インチ位の大きさのを見ます。腹一杯吸うとティースプーン一杯位血をためています。こんな奴は飛び去る時、ブーンと音を立てていきます。今日はこのくらいで終わりです。

(※筆者注)

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★参考:大和コロニーと森上助次。「大和コロニー〜フロリダに『日本』を残した男たち」(川井龍介著、旬報社)より

 

© 2019 Ryusuke Kawai

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このシリーズについて

20世紀初頭、フロリダ州南部に出現した日本人村大和コロニー。一農民として、また開拓者として、京都市の宮津から入植した森上助次(ジョージ・モリカミ)は、現在フロリダ州にある「モリカミ博物館・日本庭園」の基礎をつくった人物である。戦前にコロニーが解体、消滅したのちも現地に留まり、戦争を経てたったひとり農業をつづけた。最後は膨大な土地を寄付し地元にその名を残した彼は、生涯独身で日本に帰ることもなかったが、望郷の念のは人一倍で日本へ手紙を書きつづけた。なかでも亡き弟の妻や娘たち岡本一家とは頻繁に文通をした。会ったことはなかったが家族のように接し、現地の様子や思いを届けた。彼が残した手紙から、一世の記録として、その生涯と孤独な望郷の念をたどる。

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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