ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2019/10/18/ohto-matsugoro/

私のルーツ ~大藤松五郎の足跡~

大藤松五郎と家族

1869年春、戊辰戦争で敗れた会津藩士の一団が、当時ゴールドラッシュに沸いたカリフォルニアに渡り「若松コロニー」という入植地を築きました。彼らに同行し、のちに現地でワイン醸造を学び、その後帰国して日本にワインを広めたと言われる大藤松五郎(おおとうまつごろう)が、私にとってのヒーローです。松五郎は、私の高祖母の父、つまりひいひいひいおじいさんで、私はその6代目の子孫にあたります。子どもの頃から英語を学んでいた私は、いつか海外に行って自分の知らない世界を見てみたい、色々な人と関わってみたいという願望を持っていました。その夢を叶えるため、高校生のときにイギリスに留学しましたが、私の先祖が、150年前に同じように日本を出て海を渡ったとは思いもしませんでした。なにか運命的なつながりを感じます。

私が松五郎という存在を知り、調べてみようと思ったきっかけは、6年前に祖母が発した一言でした。「さくさん(私の高祖母)の父は明治初期にアメリカへ渡り、さくさんはそこで生まれたとか…」。当時中学生だった私は、開国して間もない日本から海外に渡ったさくおばあちゃんの父親という人はどういう人物だったのか、非常に興味を持ちました。そこで、中学3年の夏休みの自由研究で、自分のルーツである高祖母の父、大藤松五郎について調査することにしたのです。

しかし、調査すると言っても、何の手がかりもありません。まずはインターネットで「大藤松五郎」と検索していくことから始めました。調査を進めると、彼はどうやら明治2年(1869年)に、汽船チャイナ号という船で若松コロニーという開拓民の一員として渡米したのではないかという推測が浮かんできました。そこで、若松コロニーの入植地にあたるカリフォルニア州のサンフランシスコ総領事館に問い合わせところ、若松コロニーの保存団体であるAmerican River Conservancy (ARC)を紹介してくださったのです。その後ARCに大藤松五郎について問い合わせた結果、若松コロニーの研究に非常に精力的に取り組んでいる方々が丁寧に対応してくださいました。彼らは若松コロニーの入植者が日本に帰国したという確証がなかったため、まさか日本の一中学生から「自分が若松コロニーの子孫である」という連絡をもらうとは思っていなかったそうです。私も松五郎についての情報が皆無であったので、ARCから意欲的な返信メールが届くとは思っていませんでした。当時ARCとのメールのやり取りは、歴史的出来事が少しずつ解明されていく大変衝撃的なものでした。150年前の松五郎の存在が証明され、現在の自分と繋がったときの感動は今でも忘れることができません。

これらの調査により、大藤松五郎は1869年に若松コロニーという移民団の一員の大工として渡米したことが確認できました。コロニーは経済的な問題や不適な気候条件によって2年で崩壊したものの、松五郎はその後日本に帰国したということも判明しました。私は次に、松五郎の帰国後の生活を調べることにしました。すでに帰国後、現在の新宿御苑の前身である内藤新宿試験場でトマトの缶詰加工に立ち会ったことがわかっていたので、新宿御苑の「新宿御苑の歴史」という展示会に足を運び、資料に目を通してみることにしました。残念なことに、太平洋戦争の空襲で多くの資料が焼失し、あまり情報は残っていませんでしたが、松五郎の勤務記録を見つけることができました。また、松五郎に関する文献も3冊ほど見つけました。それらの資料によると、アメリカで果樹栽培と醸造学を学んだ松五郎は、帰国後東京でトマトの缶詰加工に立ち会い、その後は山梨のブドウ酒醸造所の主任技師として働いたそうです。こうして、「開拓者」に加えて「技術者」としての大藤松五郎という人物像が明らかになったところで、私の中学3年生の夏休みの自由研究は終わりました。

2019年は若松コロニー入植150周年の記念の年であり、6月にはARC主催の記念イベント「若松フェスト150」が開かれました。私は光栄にも招待を受け、母と一緒に出席しました。私はこの記念イベントへの招待をきっかけに、松五郎に関して再調査を始めました。まず祖母から遡り松五郎まで4世代分の除籍謄本を入手し、家系図を作りました。大藤松五郎の生年月日や本籍地、写真に写っている妻や娘の名前も判明しました。それまでは単なる歴史的事実でしかなかったものが、実際の除籍謄本を目の前にすると、松五郎と自分がはっきりつながっているように感じられて、子孫としての実感が湧きました。

また、昨年末には明治のワイン造りの調査研究をされている山梨県庁の職員の方から連絡をいただきました。2年前に日本で放送された若松コロニーについてのドキュメンタリー番組を見て、私のことを知ったそうです。その方が提供してくださった松五郎に関する情報は、私のそれまでの調査をはるかに上回る量がありました。

松五郎は若松コロニー崩壊後の5年間、カリフォルニア州のサンタローサにある長澤鼎(ながさわかなえ)のファウンテン・グローブ・ワイナリーで生計を立てていたそうです。除籍謄本によると、その間に私の高祖母の大藤さくが生まれたことになります。その後帰国した松五郎は、内藤新宿試験場で勤務後山梨県庁に派遣され、その後10年間在職しました。彼はアメリカでのワイン醸造の知識を日本に導入し、いち早く「甘口ワイン」の醸造方法を教えたそうです。これがサントリーの赤玉ポートワインなどにつながります。記念イベント前の再調査は、日本ワインの「先駆者」としての松五郎像を鮮明に映し出しました。

2019年6月、ついに私は150年前に松五郎が踏んだ同じ土地に足を踏み入れました。中学時代からの念願だった若松コロニー訪問が6年越しに叶い、松五郎の足跡を辿る、生涯心に残る出来事になりました。若松コロニーの入植地跡が現在まで保存されてきたことは大変貴重なことだと思いました。歴史は、権力者の視点から意義深いと認識される出来事だけに光が当てられがちなので、若松コロニーのような小さな日本移民団の足跡やその時代を一生懸命生きた人々は、歴史に埋もれてしまうことが少なくありません。しかし、そんな中でも、名もない人々を気に留め、彼らの足跡を保存しようと努めてくれている人がいます。私は、このような形の歴史継承の存在がいかに重要であるか気づかされました。それはARCだけではなく、その地域に住む人々、「若松フェスト150」に参加してくださった人々、そして私のルーツに関わる調査に協力してくださった全ての人々のことです。大藤松五郎の調査を通じて、多くの人々の支えがあって今の私があることに感謝しています。また、ここまで導いてくれた松五郎にも感謝したいと思います。彼は、調査の手がかりがほとんどない逆境の中でも、挑戦し続ける探究心と志の大切さを教えてくれました。大藤松五郎の子孫であることを、私は誇りに思います。

 

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このエッセイは、シリーズ「ニッケイ・ヒーロー:私たちの模範となり、誇りを与えてくれる人」の編集委員によるお気に入り作品に選ばれました。こちらが編集委員のコメントです。

三木昌子さんからのコメント

白石さんのエッセイは、ちょうど150年前、カリフォルニアに渡り、若松コロニーを築いた一人であった先祖、大藤松五郎の足跡をたどるものです。松五郎の人生もさることながら、白石さんご自身の調査の過程もドラマチックで、読み終えるのがもったいない気もしながら、引き込まれて一気に読みました。

物事を調べていく中で、あることがまた別のものとつながり、新しい何かを知る喜び。過去と現在がつながっていく不思議に立ち会う興奮。調査の中で手を差し伸べてくれる人と出会い、知識や人や社会や歴史とは決して孤独なものではなく、大勢の誰かがいて存在するものであり、自分もそこで生かされていることを知る祝祭めいた感覚。ディスカバー・ニッケイの醍醐味を体現するようなエッセイでした。歴史はこうして語られることによって、再び生きなおすのだと実感します。

 

© 2019 Naori Shiraishi

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このシリーズについて

「ヒーロー」という言葉は、人によって異なる意味を持ちます。このシリーズでは、日系ヒーロー、すなわち彼らが人々に与えた影響についてさぐってみました。あなたのヒーローは誰ですか?あなたのヒーローはあなたの日系アイデンティティまたは日系人とのつながりにどのような影響を与えましたか?

ディスカバー・ニッケイでは、2019年5月から9月までストーリーを募集し、11月12日をもってお気に入り作品の投票を締め切りました。全32作品(英語:16、日本語:2、スペイン語:11、ポルトガル語:3)が、アルゼンチン、オーストラリア、カナダ、日本、ブラジル、米国、ペルー、メキシコより寄せられました。

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執筆者について

1999年東京都出身。東京学芸大学附属高等学校2年時にUnited World College派遣生として英国Atlantic Collegeに留学し、同校卒業。現在、京都大学法学部1年在学中。

(2019年10月 更新)

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