ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2018/1/5/7011/

お祖母ちゃんのお雑煮

「お祖母ちゃんがスープを作っているわよ!」

この言葉は、私たち子供に台所から出て行くよう示唆する母やおばたちの合図だった。

お祖母ちゃんは何日も前からお雑煮の下ごしらえをしていた。お雑煮は、正月に食べる伝統的な日本料理で、新年に幸運を呼ぶ食べ物といわれている。

母方のお祖母ちゃんの夫、つまりお祖父ちゃんは伝統的日本のお正月を祝うことに興味がなかった。また、父方の祖父母も日本のお正月にはまったく無関心だったので、ブラジル式の正月を過ごしていた。

私より年上のいとこ達は「今年はお雑煮を食べたくない」と、大人たちに聞こえないところでブーたれていた。お雑煮に入っているタコが嫌い、汁の中の餅は味がなくておいしくない。

私にとって、「お雑煮」の響きは特別なエピソードを思い起こさせる。昔、家の近所の野原で、私の友人達と時々サッカーをやっていた「アゾニ」という名の男がいた。

少しぽっちゃりしていて小麦色の肌をしたアゾニは、コーナーキックが得意だった。彼が何よりも大喜びしたのは、日本人の孫である私がプレーに加わったときだった。「俺のチームに日本人はいらない!日本人は本当にサッカーができないんだから!」と、笑いながらいつも私をからかっていた。

しかし、ある日、私がアゾニの守りをかわしてドリブルしようとしたとき、彼はいきなり私の体を持ち上げ、私を肩に担いだまま、芝生のフィールドを駆け回った。

「生意気な日本人だ。こんな下手くそなドリブルなんかやらせるか」と叫びながら走るアゾニに、私は下ろせと大声で叫び続けた。仲間は笑いながら、ボールを私たちに当てようとしながら、後を追いかけてきた。

さて、話を戻すと、お祖母ちゃんが何日もかけて準備したお雑煮は、元日の昼食に、ようやくお目見えした。

お祖母ちゃんは少し疲れた様子だったが、嬉しそうに汁をかき混ぜ、食卓に一列に並べられたお椀に、一つひとつ、汁と具を注いだ。

私たち孫がめいめいお椀を手にすると、お祖母ちゃんは何か特別なことを日本語で言った。横でビールを飲んでいたおじの一人が、お祖母ちゃんは、幸運がたくさん訪れ、お金がたくさん入る年になるように願っているのだ、と私たちに説明した。

その後、私たちはおとなしく、熱いのをふーふーやりながら、汁を少しずつ飲んだ。そしてそれ以上食べなくて済むよう、庭の方へ逃げるように出て行った。

記憶に残っているのか、それとも後からの想像によるのかよく分からないが、お祖母ちゃんはその時、台所から見ないふりをして、私たちを見ていたかもしれない。自分の目の前で、何世紀もわたって続く伝統が絶えていくのが信じられなかったのだろう。

あれから20年以上が経った今、この原稿を書きながら、私はお雑煮の味を思い出そうとするだけで口に唾がたまるということをお祖母ちゃんは知るよしもない。そして、毎回、残さず食べなかったことをとても後悔している。

もう一つ、あのアゾニという男は、全然懐かしく思っていない。


みなさん、明けましておめでとうございます!

 

© 2018 Hudson Okada

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執筆者について

ウッジソン・オカダ(通称:ウデー)は、1979年8月2日、サンパウロ州マットン生まれ。2005年からサンパウロ市リベルダーデに居住。「ニッパク新聞」のエッセイストのひとり。作家として幾つかの文学コンクールで受賞歴がある。その一つに、DF(連邦区)SESC文学賞・短編小説2位に選ばれた経験がある。

(2016年7月 更新)

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