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https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2017/4/14/hinoeuma-no-onna/

第4回 『丙午の女』

アメリカにせよ南米にせよ、近代の日本からの海外移民の主人公は男たちである。男たちが、お金やよりよい生活を求めて、自らの意志で海外に飛翔した。なかには妻帯者もいるが、妻は夫に従ってきた。また、まずは単身夫が移民し、あとで妻や家族を呼び寄せるという形をとった。

独身の男たちは、やがて妻をめとるが、その際同じ移民のなかで相手を見つけることができればいいが、多くはいったん母国へ帰って結婚し妻を連れてくるか、あるいは「写真結婚」をした。一度も相手に会うことなしに写真だけを頼りに、相手を決めて結婚したのだ。

いずれにしても、移民する女(妻)たちのほとんどは、男(夫)が決めた人生の航路に身を任せるわけである。自ら決めた移民も冒険だが、冒険に賭けた男の人生に賭けるのはさらなる冒険だった。

『丙午の女』は、こうした冒険に乗り出した多くの女性のなかのひとりである、サヨという明治生まれの移民一世の人生を描いた小説(フィクション)である。作者は前回とりあげた『マンザナールよさらば』と同じ著者、ジャンヌ・ワカツキ・ヒューストンである。

改めて紹介すれば、ジャンヌは、1934年、日本人移民一世の父親とアメリカ生まれの日本人の母親の間に生まれ、日米開戦後は家族とともにカリフォルニア州のマンザナール収容所に入り、そこで7歳から11歳まで3年半を過ごした。

戦後、サンノゼ州立大学では社会学とジャーナリズムを専攻、その後サンフランシスコ州立大学、パリのソルボンヌ大学院でも学ぶ。夫は白人の作家であるジェームズ・ヒューストン。

『マンザナールよさらば』は、彼女の少女時代の体験をつづったノンフィクションとして1973年に出版されたが、それから30年を経た2003年に、この体験をもとにして日米をまたぐスケールの大きなフィクションとして『丙午の女』は出版された。

三代にわたる日系女性の物語『丙午の女』

原題は「The Legend of Fire Horse Woman」で、訳者は鳥見真生。日本では柏艪舎(札幌市)から出されている。  

丙午の生まれだとされる主人公のサヨは、まれにみる美貌の持ち主で、品格も備えた女性だが、両親と兄を火事で失い、叔母の手によって育てられた。丙午だということを隠し、アメリカにいるという日本の旧家の次男坊のところに嫁ぐことになった。

しかし、夫はアヘンと女のとりこになったことで嫁いで間もなくして別れ、自分で生きていくことを決め、おもに日本人を相手にした“お茶屋”を開く。そのころ、彼女は夫の友人でインディアンの血を引く男性と愛し合い、共に暮らし、娘をもうける。

だが、彼は国と戦う部族を助けるために家を離れる。そのときちょうどサンフランシスコで大地震があり多くの死傷者がでる。これは実際に1906年にあった地震をもとにしている。戻らぬ彼もまた地震に巻き込まれたとおもわれ、以後消息を絶ってしまった。

月日は経ち、娘のハナは日本人と結婚し一男二女をもうける。夫はすぐに激しやすい亭主関白の典型的な日本の男で、ハナの気持ちは伝わらず、彼女自身もそんな関係をしかたなしに受け入れていた。結婚は失敗だったと感じざるを得なかった。

そして、戦争がはじまり、ハナの一家とサヨは一緒に、カリフォルニア高地の砂漠に突如つくられた収容所で暮らすことになる。ハナの次女である10歳のテリは、凛としていて思慮深い祖母のサヨと気が合う。それに対してハナは、なんとなく母親のサヨと距離を感じていた。しかし、収容所内で起きるさまざまな出来事や人間関係をとおして、ハナも母との距離を縮める。やがて、戦争が終わりに近づき、思いもよらぬ劇的なクライマックスを迎える。

サヨ、ハナ、テリ。物語は、サヨの人生を縦軸にし、収容所内の三人の生活を横軸に描いている。しかし、物語の構成は、この縦軸と横軸を交互に登場させる。収容所内を現在形としながら、つねに読者にサヨの人生を振り返らせることで、物語に厚みを持たせる。

このとき、サヨの前半の人生の舞台は日本である。翻訳の巧みさもあるのだろう、二世作家による英語の小説ながら、日本文学のようでもある。

収容所内で起きる対立、暴動などは、ノンフィクションにある事実と同じだが、歴史的な事実をバックにしてこの女三代を貫くテーマは男女の愛だ。サヨもハナもその形は自由で、ともに夫以外の男性に惹かれて、大胆にも心の赴くままに突き進む。この点が情愛描写を含めダイナミックに描かれている。

「……わたしたちの人生は、わたしたちの見る夢からできているのよ」というサヨの言葉が印象的だ。

さらに、物語のスケールを大きくしているのが、アメリカ先住民のネイティブ・インディアンの世界を登場させている点だ。物語のモデルとなったマンザナール収容所ができたところには、インディアンの遺跡がある。小説にも、収容所を一歩出たところにあるスピリチュアルな場所や、収容所を訪れた先住民による舞踏の場面などが描かれる。

戦時中の収容所の問題を捉えた文学では、白人主導のアメリカ国家による日本人・日系人への差別とそれに対する怒りが前面にでる。それはもっともなことだが、ときに被害者意識にとらわれすぎていると思える作品もある。 

黒人がそしてインディアンやマイノリティーが、長年にわたってしいたげられ、不条理な思いをしてきたことは言うまでもない。

重要な登場人物として、また物語の背景にインディアンの世界を映し出したことに、作者の包容力を感じる。

(敬称略)

 

© 2017 Ryusuke Kawai

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このシリーズについて

日系アメリカ人による小説をはじめ、日系アメリカ社会を捉えた作品、あるいは日本人による日系アメリカを舞台にした作品など、日本とアメリカを交差する文学作品を読み、日系の歴史を振り返りながらその魅力や意義を探る。

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執筆者について

ジャーナリスト、ノンフィクションライター。神奈川県出身。慶応大学法学部卒、毎日新聞記者を経て独立。著書に「大和コロニー フロリダに『日本』を残した男たち」(旬報社)などがある。日系アメリカ文学の金字塔「ノーノー・ボーイ」(同)を翻訳。「大和コロニー」の英語版「Yamato Colony」は、「the 2021 Harry T. and Harriette V. Moore Award for the best book on ethnic groups or social issues from the Florida Historical Society.」を受賞。

(2021年11月 更新)

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