ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2016/11/21/nougyo/

第8回 トメアスーの農業

「ここにアマゾン移民が最初に着いたんですよ」

CAMTA(トメアス総合農業協同組合)元理事長の坂口渡フランシスコさんが教えてくださったのは、アマゾン川支流にある小さな川岸。ここに43家族189人が到着したのは、1929年のこと。彼らがはじめにとりかかったのはカカオの生産。アマゾン開拓のために、日本政府の指示を受けた鐘淵紡績株式会社が出資して設立した南米拓殖株式会社とともに取り組んだ。1931年にはアカラ野菜組合が結成され、野菜や米作りも手がけるようになったが、熱帯病患者の増加と熱帯農法の知識不足によるカカオ栽培の失敗で、南米拓殖株式会社は撤退せざるを得なくなった。

植民地を自ら運営することになった入植者は、組合をアカラ産業組合に改組。自分たちの生活を支えるべく農業に勤しんだが、その後、マラリアが蔓延したことで多くの人がトメアスーを離れることとなった。

戦時中も戦禍が組合事業にまで及び苦しい状況が続いたが、終戦後、トメアスーの歴史を語る上で忘れてはならない大きな出来事があった。1930年代にシンガポールより持ち込まれた胡椒が、莫大な富を生んだのである。「黒いダイヤ」は多くの入植者の生活を潤わせ、「胡椒御殿」が建ち並んだと言う。

しかし繁栄は長くは続かなかった。1960年代に入ると、病害によって胡椒は壊滅的な打撃を受け、再び多くの人が新たな栽培地を求めて移転することになる。

そんなときに、胡椒と他のものとの混植で病原菌のリスクが避けられることを突き止めたのが、1957年に移住した東京農業大学卒業生である故坂口陞(のぼる)さん、冒頭で紹介した渡さんのお父様である。さまざまな作物を混植して暮らしていたアマゾン先住民の生活をヒントにし、カカオと胡椒の混植を思いついた。これがアグロフォレストリーの始まりである。日陰を好むカカオは胡椒の木の陰でよく育つようになり、アサイー、アセロラ、パッションフルーツなど次第に栽培作物を増やしていった。こうして自然に近い環境を作ることで病原菌を防いだ。収穫時期の違う作物を混栽することで、毎年安定した収入が得られるようにもなった。

並んで植えられているアサイーと胡椒の木(筆者撮影)

1990年代初めごろ、CAMTAの現理事長である小長野道則さんは、単一栽培の農家の生活苦を改善しようと各家を回ってこの技法を伝授。そのおかげで多くの人々の生活が安定した。生活苦が原因で犯罪に手を染める人も減り、治安も回復した。

坂口渡フランシスコさんと筆者

広大な農地を案内していただきながら、トメアスーの農業について教えていただいた後は、坂口さんのお宅で休憩。

2014年、坂口さんは地元のアマゾニア連邦農牧大学(UFRA)に土地3240㎡を無料で提供した。「気でも狂ったのか」と周囲の人から言われたそうだが、「たくさんの若い人たちが農業を学ぶことができるよう手助けしたいと思った」そうだ。

「我々、日系人だけが潤ってもダメ。地元のブラジル人の生活のことも考えないと、社会全体が良くならない。父から受け継いだ技法をどんどん広めていって、トメアスー全体の農業が盛んになるようにしたい。それが私の役目だと思っている」

ゆっくりお話になる坂口さんの言葉は重く、心に響く。アマゾンに夢を託してやってきた青年の意志はしっかりと息子さんに継承されている。お父様もきっとお喜びになっておられることだろう。

 

© 2016 Asako Sakamoto

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このシリーズについて

ボランティアの目から見たアマゾンの日系社会について、一世、日系人、日系社会、文化、日本語、いろいろな角度から語るジャーナル。日々の活動を通して感じたこと、日系社会の歴史と現状、等々をお伝えします。

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執筆者について

1998年にメキシコで日本語教師としてスタート、その後、アメリカと日本で、主に日系人を対象に日本語教育に関わる。大学院では、在日日系南米人に関わる諸問題を通して、日本の血統主義について調査、研究。2014〜2017年、JICA日系社会シニアボランティアとしてブラジルへ赴任。現在は、日本国内で日本語教師として活動している。

(2017年10月 更新)

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