ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2016/10/27/nao-volta-2/

第二十六話(後編) 「帰ってきちゃダメ!日本で頑張れ!」

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残業を終え、ケイは家に戻った。郵便受けを開けてみるとチラシでいっぱいだった。「日本語が読めたらいいんだけどなぁ」と一枚ずつ見ていると、一通の手紙が届いていた。

急いで家に入り、灯りをつけて差出人見ると、母親からだった!「えっ!?カアさんが手紙を?珍しいこともあるもんだ!」と、早速封を切った。

写真が一枚だけだった。「えっ!?サクラの木?カアさんがエリザを抱いて写ってる!ブラジルにサクラなんてあったっけ!?」

写真の裏を見ると「帰ってきちゃダメ!日本で頑張れ!」と大きく書いてあり、つい吹き出してしまった。

「カアさんらしいなぁ!話をよく聞いていないんだから!僕、一度もブラジルにすぐ帰るなんて言ってないのに!あと2年はここで頑張って、それからみんなを迎えに行くって、電話で言ったのに!!」

その時ふと、「カアさんにまだ言ってないことがあるんだ・・・」と気が付いた。

みんなを迎えに行くと電話では言ったが、その「みんな」のなかに妻のクリスティーナは入っていなかった。母には言えなかった。

実は、ケイとクリスティーナの結婚は初めからうまくいってなかった。ケイが仕事を失った頃が最大の危機だった。

日本に出稼ぎに行くことをきっかけに、ケイはクリスティーナと別れる決意をした。父には話したが、母には黙っていた。しばらくは本当のことを言うまいと。なぜなら、ケイが仕事を失い、妻と幼い娘を連れて両親と同居するようになったとき、母はクリスティーナを喜んで受け入れてくれた。「うちのお嫁さんは大したものですよ。大きな病院で看護師として働いていてお給料はとても良いの。それに、愛想が良くて、美人でしょう?」と、近所に自慢するほどだった。

母は張り切っていた。クリスティーナが夜勤の時は、必ずお弁当を作って持たせ、初孫の保育園への送り迎えをし、夫にまで以前よりやさしく接するようになっていた。

ある日、ケイはクリスティーナが携帯で話しているのを偶然聞いてしまった。

「ジャポネザダ1の家で暮らすのはうんざりよ!早く、ここを出て行かなくちゃ!」

ケイは、それを聞いても驚かなかった。話し相手は彼女が働く病院の研修生だと分かっていた。フェイスブックで見ていたからだ。病院の忘年会で、女性の同僚に囲まれて写っていたメガネの若者。クリスティーナは親しそうにその彼と腕組みをしていた。カーニバルにはその男性と一緒に踊っている写真も出ていた。フェイスブックなしでは生きていけないクリスティーナは、毎日のように彼との写真をアップしていた。

日本に来て以来、ケイはなるべくフェイスブックを見まいとしていたが、先日ついに見てしまったのだ。タイトルは「Sidney eu te amo2!」。青空の下でクリスティーナとサングラスの男性とのセルフィーだった。

運命のいたずらとでも言うべきか、フェイスブックはケイとクリスティーナの出会いの場でもあったが、別れの場でもあった。

幸いにもケイの母親はインターネットに関心がなく、フェイスブックというものも知らなかった。

母から送られてきた写真を玄関に飾った。これからはそれを見て「行って来ます!」と「ただいま!」が言えると思っただけで胸がいっぱいになった。

「いつかはトオさんとカアさんとエリザと日本で暮らすんだ!」と、ケイは心に決めた。この目標に向って進もうと、強く思った。

注釈:

1. 「日本人たち」の軽蔑的な表現
2. 「シドニーさん、愛してるよ!」

 

© 2016 Laura Honda-Hasegawa

ブラジル 出稼ぎ フィクション 外国人労働者 日本 在日日系人
このシリーズについて

1988年、デカセギのニュースを読んで思いつきました。「これは小説のよいテーマになるかも」。しかし、まさか自分自身がこの「デカセギ」の著者になるとは・・・

1990年、最初の小説が完成、ラスト・シーンで主人公のキミコが日本にデカセギへ。それから11年たち、短編小説の依頼があったとき、やはりデカセギのテーマを選びました。そして、2008年には私自身もデカセギの体験をして、いろいろな疑問を抱くようになりました。「デカセギって、何?」「デカセギの居場所は何処?」

デカセギはとても複雑な世界に居ると実感しました。

このシリーズを通して、そんな疑問を一緒に考えていければと思っています。

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執筆者について

1947年サンパウロ生まれ。2009年まで教育の分野に携わる。以後、執筆活動に専念。エッセイ、短編小説、小説などを日系人の視点から描く。

子どものころ、母親が話してくれた日本の童話、中学生のころ読んだ「少女クラブ」、小津監督の数々の映画を見て、日本文化への憧れを育んだ。

(2023年5月 更新)

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