ディスカバー・ニッケイ

https://www.discovernikkei.org/ja/journal/2015/3/6/richard-fukuhara-2/

芸術とコミュニティー活動に情熱を捧げる :アーティスト リチャード・ユタカ・福原 ~ その2

「シャドーズ・フォー・ピース」の一連の作品が掲げられた、オレンジ市の自宅で

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歴史を伝える

アーティスト、リチャード・福原の名刺には「Those who don’t know history are destined to repeat it(歴史を知らない者はそれを繰り返すことになる)」という、18世紀のイギリスの政治思想家、哲学者、エドモンド・バークの言葉が記されている。

リチャードさんが「シャドーズ・フォー・ピース、フォー・ザ・セイク・オブ・ザ・チルドレン」を創作した理由は、その言葉に集約されている。広島と長崎の原爆の犠牲者たちの身に起こった惨劇を作品に表現することで、平和への祈りに代えているのだ。

2015年3月21日には全米日系人博物館で、彼のシリーズ作品をテーマにしたフォーラムと展示会が開催される。2015年は原爆が投下されて70周年の節目の年に当たる。遡れば、リチャードさんが最初に広島の原爆記念館を訪れたのは1970年代のことだった。「随分昔のことですが、受けた強烈な印象は今も鮮烈です」

一瞬にして将来と希望を奪われた子供たち。苦しみながら死んでいった大勢の人々。焼けた身体の熱さに、川に飛び込んだ人々の遺体で埋め尽くされた川。それらの体験に衝撃を受けたリチャードさんは「二度と起こしてはいけない。これは伝えなければいけない。忘れてはいけない」という気持ちから、作品作りに向かった。

「アメリカ政府がどうだ、日本がどうだという国と国の問題として捉えているわけではありません。繰り返してはならない人間の体験として、私は表現しています」

ゆがんだ原爆ドームの周辺にうごめく、苦しむ人々の顔。炎を背景にした被爆者の陰。黒い雨の中で助けを求める、焼けただれた多くの手。また、長崎の平和の像に向かって歩くランドセルを背負った子供たちの後ろ姿。子供たちの周囲には竹林が配置されている。「これは長崎で撮影した平和像、広島の子供たち、そして、この竹林はパサデナのものです」とリチャードさん。実にクリエイティブなコラボレーションである。

何度も広島と長崎に赴き、記念館に足を運び、さらに受けたイメージを瞑想することでまとめあげていったと言う。「名古屋のギャラリーで展示会を計画していた時も、名古屋市の国際課の課長とランチを終えて、すぐに新幹線で広島に移動、さらに長崎に移動して、2日ずつ現地で写真を撮影、イメージを膨らませました。また、その後に訪れた時も平和公園に何時間も座ったり、観察したり、瞑想したり、眠ったりして、被爆者の魂を感じるように努めました」。広島と長崎はリチャードさんにとってのライフワークとも言える活動だ。


子供の為に

「シャドーズ・フォー・ピース」の作品はしなやかで強い竹で縁取られている  

作品は焼いた竹のフレームで縁取られている。竹はアジアの象徴でもあり、「曲げられても元に戻る、しなやかな強さを表している」と説明してくれた。

そして、日本語のタイトルにもなっている「子供の為に」という言葉には、彼自身の子供時代の思い出が込められている。「父のナーサリーに集まっていた庭師仲間の人たちが、毎日、仕事が大変で辛そうだった時に、決まって彼らが口にしたのが『子供の為に』だったんです。つまり、『子供の為に、仕事がいくら辛くても頑張らなくてはいけない』ということだったのでしょう」

大人は将来を担う子供たちのために懸命に働く。しかし、そのためには社会が平和であることが大前提だ。

それにしても、6つのプロジェクトにどれも積極的に関与している彼の話を聞く限り、とても一人の活動とは思えない、というのが正直な感想だ。一体、彼のエネルギー源はどこにあるのだろうか?

「人間が好きなんです。そして物語を伝えることが好き。それに尽きます」と彼は答えた。「伝える」と言えば、次のようなエピソードも披露してくれた。

「山口県岩国市の福田市長が少し前に、ワシントン州エベレット市と岩国との姉妹都市提携50周年でアメリカを訪ねた時のこと。エベレット市長を訪問した帰りに、ロサンゼルスの山口県人会の人々と会いたいと申し出があり、食事会を開くことになりました。リトルトーキョーに滞在していた福田市長を、私たちはすぐ近くの全米日系人博物館にお連れしたのです。すると、それまで日系アメリカ人が収容所生活を送った歴史があったことなど、まったく知らなかったという市長は深い印象を受けた様子でした」

あまりにも多くの日本の中の日本人が、日系アメリカ人の収容所体験を知らない。日本で生まれ育った私も、既に大人になってから、アラン・パーカー監督の「Come see the paradise」というハリウッド映画で初めて事実を知った。「知る」ことが悲劇を繰り返さない動機となり、そのためには誰かが「伝える」ことが必要だ。リチャードさんは、自らの作品とさまざまな活動を通じて、今後もメッセージを発信し続ける。戦争や原爆の悲劇を防ぐために、大人が安心して子供たちを育てられる環境が持続するように、そして何よりも「子供の為に」…。

 

* * * * *

 

Shadows of Peace for the Sake of the Children
(Kodomo no Tame Ni)
THE HIROSHIMA AND NAGASAKI EXPERIENCE

2015年3月21日(土)・ 午後2時
全米日系人博物館にて

プログラムは英語でおこなわれます。
詳しい内容はこちら>>

 

© 2015 Keiko Fukuda

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執筆者について

大分県出身。国際基督教大学を卒業後、東京の情報誌出版社に勤務。1992年単身渡米。日本語のコミュニティー誌の編集長を 11年。2003年フリーランスとなり、人物取材を中心に、日米の雑誌に執筆。共著書に「日本に生まれて」(阪急コミュニケーションズ刊)がある。ウェブサイト: https://angeleno.net 

(2020年7月 更新)

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